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95%の病院スタッフが反対の中、コロナ専門病棟開設を進めた理由【12】 群馬県F病院

この連載は、コロナ専門病棟を開設した10の病院の悪戦苦闘を、スタッフの声とともに紹介していくものである。連載一覧はこちら

私(西村)が取締役を務める株式会社ユカリアでは、全国の病院の経営サポートをしており、コロナ禍では民間病院のコロナ専門病棟開設に取り組んできた。

今回は、病院関係者の9割以上に反対をされながらも、コロナ専門病棟開設を進めた群馬県F病院を紹介する。

反対意見が95%!

群馬県内にあるF病院のコロナ専門病棟開設は、これまで紹介した5つの病院の経緯とは大きく異なっていた。

これまでは、院内クラスターが発生したり、医療がひっ迫している地域で、行政の求めに応じてコロナ専門病棟の開設を決めてきた。いずれのケースも、反対意見はあったが、地域医療における専門病棟の必要性を理解したスタッフたちの手で運用が始まった。

F病院では、コロナ専門病棟を開設した2021年4月までに、院内で発生した感染者はゼロ。県内の感染者数も全国的に見ても少なく、医療がひっ迫する状況ではなかった。

「コロナ専門病棟を開設しなければならない喫緊の課題」を、F病院は持っていなかった。

そうした状況もあって、専門病棟開設に、95%のスタッフが反対していた。

「なぜうちの病院が、コロナ患者を受けれ入れなければならいのか、全く理解できない」
「私たちは一切関わりたくありません」

スタッフを対象に開いた説明会でも、最初から反対、反対。猛反対。私は、針のむしろだった。

F病院が、コロナ専門病棟開設に至るまでの道のりは、平坦ではなかった。スタッフのモチベーションも、病院が抱える事情もこれまでとは違っていた。通常、コロナ専門病棟の開設は病院主導で行い、ユカリアはゾーニングや感染対策のアドバイスに留まるのだが、今回は、ユカリアが主導していくことになった。

病院経営を支援する立場として、病院内の文化の醸成や、組織作りの難しさを感じた事例としても、学びの多いケースだった。

なぜF病院にアプローチしたのか

2021年2月。全国のコロナ病床確保数の議論する場で「群馬県は、確保数が足りていないのではないか?」という話を耳にした。

早速、群馬県庁の担当者へ会談を申し入れ、県内の病床確保数が不足していることを確認。F病院にコロナ専門病棟開設の準備を進めることで同意した。行政と認識が合った上で、準備ができることは非常に心強い。

私が、コロナ専門病棟開設を提案したのには、2つの理由があった。

1つは、F病院が循環器専門病院であり、コロナ患者の症状に対応しうる医師がいることだ。療養型病院のD病院や、精神科病院のE病院と比べても、受け入れのハードルは高くないと判断できた。

2つめは、コロナ専門病棟への転用が可能な休床病棟があったことだ。患者を移動する必要がなく、ゾーニングや設備の搬入をすれば整う。スタッフの負担がかなり少なく、効果的な活用法だと思っていた。

また、F病院にコロナ専門病棟を開設することで、基幹病院との関係性を強くすることも可能になる。同病院は、地域包括ケア病床を持っており、療養型病院の役割を担える特性もあったが、その存在を示し切れていなかった。

コロナ専門病棟の運用をすれば、基幹病院との連携も強化できる。病院間のパイプが太くなれば、地域包括ケア病床の稼働にも繋げられる。地域医療構想の中で、F病院の役割も強く示していける。

病院経営を支援する立場として、新型コロナが落ち着いて、通常の病院運営に戻った時のことを考えると、専門病棟開設は必要であると確信していた。

特性を生かし、これからの病院運営を見据えた具体案を示せたと思ったのだが・・・。

事例通りには、進まない

どんな企業でも、経営を支援する立場の意見と、現場の声が一致しないことは多々ある。病院組織も同じだ。

今回のF病院の場合は、その隔たりが大きく、スタッフから「必要性がわからない」と反対された。どの病院でも、コロナ専門病棟開設の提案は、最初は反対された。「うちでは絶対に無理だ!」と声を上げるスタッフもいた。

だが、準備を進めるうちに、スタッフの意識が変わり、団結し、コミュニケーションが活発になった。これまでコロナ専門病棟開設をきっかけに、病院全体に良い文化が醸成されていく過程を見てきた。私としては、F病院にとっても、そうした機会になることを期待していた。

現場をまとめる看護師長らと、ネックになっている考え方や行動パターン(文化の醸成)を含めて、何度も話し合いを重ねた。お互いの主張の溝はなかなか埋まらず、前述したように、専門病棟開設の準備はユカリアが主導していくことになった。

感染症に強いユカリア在籍の看護師が、全スタッフ向けに講習会も開いた。感染対策の講義、防護服着用方法などの指導もした。これまでの専門病棟開設の事例から、正しい知識を持てば、過度な不安から解消されると思っていた。

しかし、専門病棟開設の課題は、スタッフの感染症への不安だけではなかった。

分断から、団結へ。小さな一歩

F病院は以前から、スタッフの離職率が高く、人材不足を派遣ナースに頼っていた。
2018年の民事再生計画認可の決定を機に、ユカリアが同病院を支援することになった経緯もあり、スタッフの病院への信頼や、働くモチベーションの低さも課題だった。

コロナ専門病棟に必要数のスタッフが集まらず、派遣ナースを中心に運用を始めることになった。

F病院に限らず、もともと派遣ナースは「外部の人」という印象が強く、既存スタッフとの交流が難しい。加えて「コロナ専門病棟」は、病院の中でも隔離された印象があり、派遣ナースも専門病棟も、孤立した存在になってしまった。目指していた一致団結した組織とは、ほど遠く感じられた。

既存スタッフが団結する機会になるはずのコロナ専門病棟が、新たな分断を生むきっかけになってしまった。私たちの想いが裏目にでてしまったことは、非常に悔しかった。

だが、派遣ナースだけでの専門病棟の運用は不可能に近い。運用後しばらくして、現状を憂慮した看護師長を中心に、既存のスタッフで専門病棟を回せる体制が作られ始めた。

それをきっかけに、コロナ専門病棟を持つ意味や、地域医療における役割を理解し、業務にあたるスタッフが増えていった。

F病院がまとまっていくための、小さな一歩が刻まれた。

あぶりだされた課題と向き合い続ける

F病院のコロナ専門病棟は、受け入れ総数としては多くはないが、県の医療計画には多大な成果を残した。軽症~中等症患者の受け入れ先として機能し、市内の基幹病院が適切な医療を提供する一助となった。基幹病院との連携も強化され、病院間の交流も活発になった。

コロナ専門病棟開設をきっかけに病院の課題が明らかとなり、最終的に事態は好転した。大きな波紋を生んだ専門病棟開設だったが、私は、同病院に提案したことに、後悔はない。だが、「正しいことをやる難しさ」を感じる経験でもあった。

コロナ禍のような有事の際の決断や行動には、日常の思想や文化がより強く反映される。普段、病院がどのようなマネジメントをしてきたか、どんな思想で組織作りに取り組んできたか。その答えが、新型コロナの対応に現れているのかもしれない。

それは、ユカリアとパートナー病院との関係にも現れている。
感染対策の支援や、新型コロナ収束後の道筋を示せた病院とは、より強固な関係になった。だが、お互いに歩み寄れず溝が生まれた病院もある。F病院の事例は、パートナー病院との信頼や距離感、意識の共有など、ユカリアの課題も突き付けられる機会でもあった。

現場に寄り添いながらも、経営コンサルタントとしての目線をずらさずに、これからも課題に取り組んでいきたい。

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次回は、西村の目線や考えとの違いが印象的だった、F病院の現場スタッフの声をお届けします。

<語り手>
西村祥一(にしむら・よしかず)
株式会社ユカリア 取締役 医師
救急科専門医、麻酔科指導医、日本DMAT隊員。千葉大学医学部附属病院医員、横浜市立大学附属病院助教を経て、株式会社キャピタルメディカ(現、ユカリア)入社。2020年3月より取締役就任。
医師や看護師の医療資格保有者からなるチーム「MAT」(Medical Assistance Team)を結成し、医療従事者の視点から病院の経営改善、運用効率化に取り組む。 COVID-19の感染拡大の際には陽性患者受け入れを表明した民間10病院のコロナ病棟開設および運用のコンサルティングを指揮する。
「BBB」(Build Back Better:よりよい社会の再建)をスローガンに掲げ2020年5月より開始した『新型コロナ トータルサポ―ト』サービスでは感染症対策ガイドライン監修責任者を務め、企業やスポーツ団体に向けに感染症対策に関する講習会などを通じて情報発信に力をいれている。

編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)/イラスト・こしのりょう