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経験と挑戦が、地域医療のニーズに応える基盤になる【18】北海道I病院、群馬県J病院 

この連載は、コロナ専門病棟を開設した10の病院の悪戦苦闘を、スタッフの声とともに紹介していくものである。連載一覧はこちら

私(西村)が取締役を務める株式会社ユカリアでは、全国の病院の経営サポートをしており、コロナ禍では民間病院のコロナ専門病棟開設に取り組んできた。

今回は、アフターコロナも見据える時期に行政からの依頼を受けてコロナ専門病棟を開設した精神科病院の北海道I病院と一般病院群馬県J病院それぞれが、どのような選択や判断をしたのか紹介する。

コロナ専門病棟開設にまつわるハードルの変化

2020年に民間病院でのコロナ専門病棟の開設を決めた時は、病院を守るためとの思いが強かった。水際作戦を続けるよりも専門病棟をつくることで、安全に病院が運用できるという判断だった。ただ、行政との交渉は非常にハードルが高く、コロナ患者が院内に入ることに対する病院関係者の抵抗感も強かった。

2021年以降は、社会情勢に合わせて、社会や地域のニーズに病院がどう応えていくかを見極めながら、専門病棟の開設を進めるようになった。行政側が受け入れ病床確保に命題を持ち始めると、交渉のハードルも下がっていった。
そのため、行政からの依頼を受け、専門病棟を開設するケースも増えた。そうした際のハードルは、「なぜこの病院につくるのか」という院内マインドだけになった。

だが、「うちにも必要だよね」との思いを関係者が持ち始めると、院内のハードルも低くなっていった。むしろ、病院がコロナ患者の受け入れをしないことに、疑問を持つスタッフも増えていった。

私は、2021年の段階でも水際作戦を取っている病院は、感染者がひとたび発生するとクラスター化するリスクが大きすぎるという心配を抱いていた。クラスターの影響の大きさを実例から理解しており、新型コロナを受け入れる方向に舵を切っていない病院を、危惧していた。

◆北海道I病院

「地域の病院」という役割が背中を押す

2020年5月頃。全国的に精神疾患を持つ感染者の受け入れ先がないことが社会問題になることを不安視した私は、I病院の院長にコロナ専門病棟の開設を投げかけた。

I病院の院長は本当にいい人で、人望も厚く、影響力が強い。そんな人柄を知っていたからこその提案だった。しかし、新型コロナの重症化リスクもまだ明らかになっておらず、I病院に感染症に対応できる医師もいなかったため、提案は見送られた。

I病院は、長く水際対策で感染を防いでいたが、2021年11月にI病院でも院内クラスターが発生。多くのスタッフも感染し、現場は混乱した。精神科病院での院内クラスターの影響の大きさを知っていた私は、その一報に身構えた。

しかし、陽性患者の転院がスムーズにできたおかげもあって、精神科病院のクラスターとしてはかなり早く収束をすることができた。以前紹介したE病院が同法人であり、クラスター対応の経験を持ったスタッフが駆けつけてくれたことも、大きな一助となった。

クラスター収束が見えた頃、I病院は保健所の担当者から、専門病棟開設の要請を受けた。院長はクラスターの経験を通して、地域医療における役割をより強く意識されており、開設する意向を示した。

得意を活かした地域医療貢献

精神科病院のE病院が、コロナ専門病棟を開設していたことも、院長の背中を押した。「精神科病院では無理だ」と思われていたことが、これまでのパートナー病院の取り組みによって払拭されたのは、嬉しかった。

I病院の専門病棟開設までのスピードは圧倒的だった。スタッフから慕われている院長は、優秀な指揮命令系統のコマンダーでもあった。そのコマンダーが率いる組織は、決定から行動に移るまでが早く、スタッフが主体的に考え動く土壌が作られていたからこその成果だった。

運用が始まって以降、「困った」と相談を受けることもない。順調に病棟が回っていることがうかがえた。

I病院は、徘徊症状があったり、介護を必要とする陽性患者さんの受け入れを得意としている。同じ医療圏にある他の病院と連携し、お互いに得意領域を活かした地域医療を守る仕組みづくりが強化されたことも心強い。

◆群馬県J病院

「役割を果たしたい」スタッフの想い

群馬県にあるJ病院は、地域の基幹病院として周辺の地域では認知され、頼られる存在だった。しかし、新型コロナの対応は、長く水際対策を続けており、スタッフは、自分たちの病院で発熱患者の受け入れもできないことに、歯がゆさを感じていたのだ。

そんな中、「コロナ患者の受け入れをしてほしい」と、行政から直接依頼を受けたのは、2022年5月のことだ。当初経営層は、長い間水際対策を実施していたので、スタッフはコロナ患者の受け入れを不安に思い、離職者が出るのではないかと危惧していた。

しかしそれは、全くの杞憂に終わった。

スタッフの多くが、自分たちが地域で求められている医療を理解しており、コロナ患者を受け入れるマインドはすでにセットされていた。スタッフへの説明会でも、専門病棟運用に関する具体的な質問ばかりだったのが印象深かった。

「やっと役割が果たせる」と、スタッフはホッとした表情を浮かべていた。コロナ専門病棟開設にむけた説明会で初めて見る光景だった。

3月に起こった院内クラスターをきっかけに、感染対策も相当強化され、防護服の着用も問題なくできるようになっていた。経営層が思っている以上に、現場は先を予測し準備を進めていた。

一般病棟と並んだコロナ専門病棟

J病院のコロナ専門病棟は、一般病棟と並んで同じフロアで運用されている。

通常の診療を継続できる範囲をなるべく残すことで、アフターコロナをより楽に乗り越えるための準備でもあった。

ただ、病棟を分けることは構造上は簡単だが、運用のやりにくさは残る。感染症対応の病棟が、一般病棟と同じフロアに並んでいることを患者さんに説明する難しさもあった。しかしそれは、今後のために乗り越えていかなければならない壁。スタッフは日々工夫しながら、その壁を乗り越えている。

この先、第8波があるかもしれないし、アフターコロナを見据えて課題も残っている。しかし、コロナ専門病棟と一般病棟が並んだフロアを見ていると、病院の大部分を使って対策する時期は終えているのだと実感した。

パートナー病院の軌跡が詰まったマニュアル

ユカリアはこれまでに、コロナ専門病棟開設のロードマップを描き、病院が一歩目を生み出す手伝いをしてきた。

10例目となるJ病院のサポート時には、精緻にアップデートされたマニュアルも完成していて、安全・安心な病棟作りがスピーディに実施された。ユカリアのパートナー病院の経験が詰まったマニュアルは、シンプルで汎用性が高く、特別なスキルを必要としないレベルにまで磨かれている。

病院ごとに必要な部分のマニュアルをピックすれば、すぐにコロナ専門病棟の体制を整備できる。

それだけのマニュアルができていたからこそ、私にはもっとやれたことがあったのではないかと、思うことがある。そう思えるほどのマニュアルを作り上げられたのは、パートナー病院の挑戦があったからこそーとの想いを忘れてはいない。

多くの壁を乗り越え、地域医療を守った全ての関係者に、改めて感謝を伝えたい。

求められる医療の変化にどう応え続けるか

求められる医療は変わり続ける。

2022年になると新たな課題が浮き彫りになってきた。
「後遺症」の相談だ。

全国の病院で、「後遺症の治療を受けられるか」「退院後、後遺症外来へ通いたい」と相談されるケースが増えてきている。

災害とも言えるコロナパンデミックで、患者の受け入れ先を作るのは、医療者としての使命であったが、受け入れ体制を作るだけで限界だった。

その先、災害復興をどうしていくか。後遺症もある種災害復興の一端であると言えるからこそ、行政と共に医療界、日本全体で考えていかなければならない時期にきている。

一病院だけでは解決が難しい課題だとわかっていながらも、困っている患者さんを前に、手を差し伸べられないことに、病院スタッフも私もジレンマを抱えている。

なんとかしなければならない重い課題を前にしたときに、医療従事者はどのように考え、選択していくのか。コロナパンデミックは、私を根本的な問いに、押し戻していった。

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次回は、変化に対応し求められる医療に全力で応えた、北海道と群馬県の2つの病院のスタッフの声をお届けします。

<語り手>
西村祥一(にしむら・よしかず)
株式会社ユカリア 取締役 医師
救急科専門医、麻酔科指導医、日本DMAT隊員。千葉大学医学部附属病院医員、横浜市立大学附属病院助教を経て、株式会社キャピタルメディカ(現、ユカリア)入社。2020年3月より取締役就任。
医師や看護師の医療資格保有者からなるチーム「MAT」(Medical Assistance Team)を結成し、医療従事者の視点から病院の経営改善、運用効率化に取り組む。 COVID-19の感染拡大の際には陽性患者受け入れを表明した民間10病院のコロナ病棟開設および運用のコンサルティングを指揮する。
「BBB」(Build Back Better:よりよい社会の再建)をスローガンに掲げ2020年5月より開始した『新型コロナ トータルサポ―ト』サービスでは感染症対策ガイドライン監修責任者を務め、企業やスポーツ団体に向けに感染症対策に関する講習会などを通じて情報発信に力をいれている。

編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)/イラスト・こしのりょう