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欧州:EVバッテリーの原産地規則

2023年末、欧州連合/EUとUKが、通商・協力協定(TCA)におけるEVバッテリーの原産地規則に関して、現行規定の適用を3年間延期するとの理事会決定案合意に至り、官報発行された。これにより、UK&EU所在の自動車メーカーは多大な損失を免れた形になるが、その一部始終を整理してみた。

記事要約

  • 英国のEU脱退に伴う移行期間が終了する直前、EUとUKは、貿易・協力協定/Trade and Cooperation Agreement(TCA)を合意、特恵関税待遇&原産地規則を含むFTAも盛り込まれた。

  • ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、電気自動車のバッテリーも原産地規則を満たせば、10%の関税を払わずに済むが、完全域内・英国生産化をするのが難しく緩和規定が設けられた。

  • その緩和規定の第一段階が2023年末に終了し、より厳しい第二段階に移る予定だったが、影響が大きいということで、第一段階の緩和規定を延長。しかし2027年以降緩和規定をなくすこと自体は動かさず。




1. 経緯

元々UKは、1973年にEU加盟国となり、EUの単一市場、関税同盟、その他EU法の枠組みの一部として、「人、モノ、サービス、資本」の自由な移動を保証していた。しかし、2016年の国民投票によりブレグジット/Brexitが可決され、2020年1月に、脱退協定に従って正式にEU脱退(それに伴う移行期間も同年末に終了)。

フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長とジョンソン英首相(出典:EU MAG

移行期間が終了する直前、EUとUKは、貿易・協力協定/Trade and Cooperation Agreement(TCA)を合意。「前例のない自由貿易協定」「経済、社会、環境、漁業の問題に関する野心的な協力」「市民の安全のための緊密なパートナーシップ」「包括的なガバナンスの枠組み」という4つの柱で構成。この自由貿易協定(FTA)に、物品・サービスなどの関税、割り当てが撤廃が盛り込まれているが、それは原産地規則を満たすことが条件となっている。

TCAの四本柱(出典:EU MAG

日 EU 経済連携協定(EPA) や日英EPAでも盛り込まれた原産地原則・規則。ざっくりというと、FTAやEPA締約国内(例:英、EU)で産出された鉄鉱石や生育された牛のように、締約国内で完全に生産されるもの(完全生産品)、第三国から輸入した産品を材料や部品として、製品が製造される場合には、それぞれの産品ごとに定められた原産地規則に適合した実質的な生産・加工作業が締約国内で行われる事が必要になる(その基準として関税分類番号変更基準/Change in Tariff Classification(CTC)、付加価値基準/Value Added(VA)ルール、加工工程基準があるらしいが、詳細はここでは割愛)。

なお、UKは、英国と EU のそれぞれが結ぶFTAで共通する第三国の相手国なども含めた「拡張累積」を求めていたが、最終的には締約国のみにおける付加価値や生産工程をカウントする EU 案通りとなった。

2. EVバッテリーの扱い

問題となったハイブリッド車(HV)、 プラグインハイブリッド車(PHV)、電気自動車(EV)に使用されるEVバッテリーも、TCAに緩和規定が設けられていた。その緩和規定は下記のように、付加価値基準最終製品の工場渡し価格に占める非原産材料の価額上限、MaxNOM)で示されている。メーカーは、最終製品価格の内第三国からの原材料・部品を指定の%以下に抑えることで、関税(10%)を支払わずに済むというもの。

  • 2021~2023 年:MaxNOM60%

  • 2024~2026 年:MaxNOM55%

  • 2027 年以降:MaxNOM45%。PHV と EV は、原産蓄電池を使用。

第一段階の緩和規定が切れる2023年後半になって騒ぎ出したのが欧州自動車工業会/ACEA。EVバッテリーに適用されている原産地規則緩和措置を3年間延長するよう欧州委員会に要請。関税賦課に伴う2024~2026年のコスト負担は合計約43億ユーロに上り、約48万台のバッテリー式EV(BEV)の減産を余儀なくされる可能性がある。ACEAはEUのバッテリー・サプライチェーンが原産地原則を満たす迄はまだ時間がかかるとしている。

欧州自動車工業会ACEAによるコスト試算(出典:ACEA HP

なお、延長要請の背景にあるのは、英国市場における対中国製EVに対するEU製BEVの競争力低下。英国市場はEU所在自動車メーカーにとって最大の輸出先で、2022年は約110万台(うちBEVは約14万台)を輸出。英国BEV市場ではEU製車両がトップシェア(2022年時点で英国で販売されたBEVの47%はEU製)。しかし、10%の輸入関税が賦課される中国製車両のシェアが約32%/2022年と急速に伸びており、欧州メーカーの警戒感が高まっている。

欧州委員会は、第一段階の緩和規定を3年間延長する(2027年以降の規定は変わらない)内容の理事会決定案を起案、理事会議論を経て12月18日に合意、21日に官報発行された。

3. コメント

ブレグジットのレガシーの典型。あと三年でバッテリー生産を域内・英国生産化できるのか。もしかしたら三年後、また延長手続きという話になるのかもしれないが、それだと国としては第三国に示しがつかない。

一方で、欧州市場でEV販売をする既存の自動車メーカーからしたら死活問題。UKに工場のあるメーカーはEU市場で競争力を失うし、EU側に工場を持つメーカーはUKで市場を失う。そしてそれは痛み分けで済む問題ではない。背後から猛烈な勢いで中国EVメーカーが迫ってきているからだ

※近々の中国EVメーカーの動きはこちらから

そもそも関税がかかるとEV価格も上がる。となるとEVに手が届かない層が拡大して、EVシフトが鈍化する。そうなると運輸・交通部門の脱炭素も危うくなってくる。そもそも現時点でEV販売は鈍化傾向にあるので、第三国には示しがつかない(WTO上はどうやっているのか知らないが。。。)ものの、2027 年以降は原産蓄電池を使用するという最終段階をそのままキープすることでバランスを取った形。今後どうなるのか要注視。

※EVシフト含め自動車部門の脱炭素化についてはこちらから


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