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ダメ記事を書かないために「何でも書いていい場所」を1年間運用した結果

去年の初めに「後悔するような記事を書かないために、Google Keepに何でも書いて発散する」という宣言をしたので、そのまとめ。

後から知ったが、「脳内チャッター」という言葉があるらしく、対策の手法的にこれもその一種かもしれない。

目標達成できたかで言えば、厳密には1回アウトを出した(後述)ので未達。でも理由は明確なので目的は達成したと思う。

何を書いたのか

本当のメモ書きも含めて144、文章らしい形になっているのはそのうち10ほど。別に危ない事は書いてないが、人が読みたい内容ではないだろう。

  • 根拠の怪しい人生論

  • 詳しくもない界隈に対する分析

  • 自身の行動についての理由づけ

直近の明確なインプットに基づかずに、何かをアウトプットしようとする傾向が強い。裏付けなく何かを語るのは、自分自身をコンテンツ化する試みに思える。否定するわけではないが私には向いてなさそうだ。あとネガティブというか、ただの悪口になっているものも多い。

書いたものをどうしたか

基本的にはダメなので眠らせている。以下は例外中の例外。

800文字近く書いてしまい何度も迷った挙句「自分の立場で書くべきではない」という理由で公開しなかったものもある。今見ると、私の文章としてはよろしくない。

あと、連続投稿記録のために無難そうなものを引っ張ってきて公開したこともあったが、スキはつかないし読み返してもつまらなかったので非公開にしてしまった。去年唯一のアウトがこれ。

何を書かなかったのか

インプットがない文章が溜まるということは、逆に言うとインプットがあればちゃんとした記事にして公開しようという気持ちが最初からあるのでGoogle Keepを経由することはない。

  • 調べてみた結果

  • ゲームのレビュー

  • 前年から継続中のアニメ感想文

ただ、どうしてもインプットできなかった時期は日記程度の内容で茶を濁しているが、そう悪くないと思える。実際のところ、重要なのは人に見せるために書くことで、インプットはそのための動機でしかないのかもしれない。とにかく、記事を書くのは用事を済ませるぐらいの感覚がいい気がする。

どんな効果があったか

ダメ記事が減ったのもあるし、最終的には思考を改善するのに役立った。

始めは喉から出かかってたことを殴り書きしていて、それはそれは酷い内容だった。一旦落ち着いてからはもっともらしい文章を書き始めたが、やはり後から見返すと面白くもないことに気付く。

これを繰り返すと、だんだん長文にするのも億劫になる。書いても意味がないことを悟ると、頭の中の演説もすぐ打ち切れるようになる。今はたまに一行の語録を書き残す程度で、記事にする可能性はゼロに近い(ゼロと決めてしまうと発散の効果が弱くなるので)。

本当に大事なことは何か

身も蓋もないことだが、大変なことになっていた時期はKeep自体の存在を忘れていたし、この連休も作業に熱中していてウダウダ語る暇などなかった。つまり忙しかったり楽しい時はゴミとして捨てるものがない。

頭を埋め尽くされないように思いついたことを捨てるのは必要なことだけれど、それだけでは思考が無駄になっているともいえる。こういった方法論は、自分の状態を計り、脳を価値あることに使うためのものだと思う。

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