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【映画感想文】パラドクス

えー、今回は劇場で観た映画ではなく、アマプラのオススメで観た映画が面白かったので、ご紹介がてら感想を書いてみることにしました。2014年メキシコ制作のループ系ホラー映画。イサーク・エスバン監督の『パラドクス』の感想です(日本では『未体験ゾーンの映画たち』で公開されたようです。)。

ループものの映画と言えば時間が繰り返すタイム・ループ系では、『時をかける少女』とか『オール・ニード・イズ・キル』とか『恋はデジャ・ブ』とか、最近でも『パーム・スプリングス』や『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』などなどたくさんありますが、今回の『パラドクス』は空間が繰り返す"出られなくなる"系の映画。タイム・ループものだと、(上に挙げたように)ジャンルが"恋愛"になったり"コメディ"になったり楽しげなのが多いんですが、空間が繰り返し出すと一気にジャンルが"ホラー"になるんですよね(なので、ループ系とはいえど『キューブ』とか『ソウ』なんかに近いと思います。個人的にもっとも思い出したのは、一昔前にTwitterで怖い話を投稿していた蛇囚人さんという方の『出れない』という話。彼女がデパートのエスカレーターから降りられなくなり、その行動がループするという話なのですが、日常にふいに口を開いた恐怖の入り口みたいな不気味さが近いなと思いました。蛇囚人さんの話、どれもむちゃくちゃ怖いので未読の方は是非。『蛇囚人さんの怖い』)。

で、まぁ、そう言っちゃえば、ある一定の空間から出られなくなるというのはホラーにはよくある設定で、精神的な恐怖を描くには一般的(塚本晋也監督の『HAZE』とか。身動き出来ないほどの空間に閉じ込められる話とかありましたね。まぁ、そうじゃなくても山間のロッヂに閉じ込められたり雪山に取り残されたり、ホラーはある種限定的な空間での話が多いです。)だとは思うんですが、この映画、そのループにハマる前の設定がちゃんとあるんですよ。日常が描かれるっていうんでしょうか。まずは、9階~1階が延々ループするビルに閉じ込められてしまう犯人兄弟と刑事の話から語られるんですが、なんらかの犯罪を犯してしまった兄弟、おそらく弟の方の不始末で兄がそれを助けようとしている感じ。何とか算段がついたというところへ事件を嗅ぎつけた刑事が登場して、兄弟は部屋から逃げる。刑事との追いかけっこになって9階の部屋から1階へと逃げるんですが、その途中で刑事に足を撃たれて重体になってしまう兄。こういうキャラクターたちの関係性を作ったあとで1階の更に階下にまた9階を出現させるんです。

そして、もうひとつのドライブ中の一本道がループする家族の話。父、母、兄、妹という家族がこれから家族旅行に出掛けようというところ。どうやら、父親は義父で兄妹は母親の連れ子らしい。義父の提案で実父の経営するホテルへ遊びに行こうというところ。こちらもあり得る設定とはいえ微妙な関係性を設定して、その関係性のキャラクターたちがループする世界でどう変化するかっていうのが描かれるんです。で、普通だとそういう関係性のひとたちがこの世界から脱出する為に力を合わせたりっていう展開になると思うんですが、そうならないのがこの映画の良い(好きな)ところ。非常にシニカル。そして、めちゃくちゃ辛辣。ループに突入した後、その35年後が描かれるんです(同じ場所で35年過ごした微妙な関係のひとたちがどんな暮らしをしてるのかっていうのがね、これまたシニカルで興味深いんですよ。)。ここで、あ、そうか、空間ループ系は時間はループしないので年は取るんだよなっていうことにちょっとハッとするんですよね。

こういう場所も時代も関係ないふたつの話がどう繋がってくるのかとか、なぜこんな不可思議な世界に入ってしまったのかとか、そういうミステリー的な楽しみ方もあるんですが、なんと言ってもこの監督、不穏でシュールでありながらキャッチーな画が作れるのが最大の魅力だと思います(35年後の生活用品を使ったゴミでありアートであるあの感じとか。)。ちょっと楳図かずお先生のセンスにも近い、エグ味もあるのにクールな感覚というか、ホラーでありながら人間とか人生とか(哲学的なことを)感じさせてくれるのも楳図作品世界に近いかなと思いました(『漂流教室』のあの感じとか。)。

とにかく、監督のセンス一発でここまで不穏でシュールで哲学的(それでいてちゃんとホラー)な世界が作れてる映画ひさしぶりで嬉しくなりました。あと、設定の部分でもうひとつ秀逸だなと思ったところ。食べ物とか最低限の生活必需品がずっと供給されてるっていうのも誰かの意図的な(それでいて未知の)力の存在が感じれて良かったですね(これでいっこ怖いレイヤーが増えるんですよね。)。

イサーク・エスバン監督の作品、もうひとつ『ダークレイン』というのがアマプラに上がってるのでこれから観てみます。


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