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【映画感想文】aftersun/アフターサン

スコットランド出身のシャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作で、主演のポール・メスカルが今年のアカデミー主演男優賞にもノミネートされた(受賞は『ザ・ホエール』のブレンダン・フレイザーでしたね。)注目作。離れて暮らす父と娘のある年の夏休みを思い出のビデオを再生するようなイメージで作られた思い出再生映画『aftersun/アフターサン』の感想です。

あーと、えー、個人的にめちゃくちゃぶっ刺さって映画の中(というか娘のソフィが所有するあの夏のビデオですね。)のシーンを思い出すだけで泣けてくる様な状態なのですが、だからと言ってここで語ることはほとんどないんですよ。なぜなら、この映画が映していることがとても個人的で、その内容が映画を観た観客それぞれの内側に帰結して行くような話だからなんです。例えば、子供の頃、家族でどこかに遊びに行った時の記憶、そのなんでもない1シーンがずっと頭の片隅に残っていることってありますよね。で、何年も経ってその時のことをふと思い出した時に、あ、ずっと心に引っ掛っていたあの時のあのシーンはそういうことだったのかって思い至ることってあると思うんです。でも、そうやって「あの時のあれって…」ってことをふいに思い付いたとして、誰にもそのことは話しませんよね。なぜなら、それはもう遠い過去の個人的な記憶の中の話なので。この映画は正しくそんな感覚を映像化した様な映画なんです。なので、まず凄いのは、この手の誰でもが経験する様な感覚でありながら、どうしたって個人的過ぎて言語化すらしないような事を映画にしたってとこだと思うんですよ(思い付いただけでも偉いと思うんですけど、その思いを劣化させることなくよくぞここまでのものにしたなと。)。

で、この映画、そういうある父と娘のひと夏のバカンスの何日間かを記録したビデオ映像とその映像に付随する父と娘それぞれの過去の記憶、そのことを思い出すことによって想起される当時の空気感であるとか息遣いであるとかが(ビデオの中では現在なんですけど、ストーリーの時間軸的には)過去と(ストーリー的には現在なんですけど、ビデオの中から見れば)未来、(日々の生活という意味での)現実と(ソフィにとっては日常とは違う場所、父カラムにとっては娘との特別な日々ということでの)非現実、子供(ソフィ)と大人(カラムと大人になったソフィ)という様々な視点から、それが交錯する様に描かれるんですね。ん?いや、違います。描かれないんですよ。これがこの映画の凄いところのもうひとつなんですけど、じつは、この映画が語っているストーリーはこの映画の中にはないんです。映画で描かれるのはソフィとカラムの父娘の楽しくも退屈な夏休みの特に何も起こらない何日かだけで、この映画が語るべきドラマは全てこの映画の外にあるんです(ここがほんとに凄い。)。

映画本編のクライマックスは、デヴィッド・ボウイとクィーンによる『アンダー・プレッシャー』の歌トラックと共にカラムがダンスするシーンにあるんですが、それだって映画の流れ的には娘との休暇の最後を急にテンション上げて楽しむ父親としか見えないんです。ただ、そこに乗るBGMがとても不穏で。こういう不穏さとか、時々インサートされるストーリー上関係ない(ように見える)映像なんかが、映画本編が終わって、エンドロールが始まると同時にぶわーっと意味を持って立ち上がってくるんです(休暇が終わってカラムが現実[もしくは非現実]へと戻って行くのを1ショットでとらえたラストカット。個人的なベスト・ラストカットのひとつになりました。)。つまり、本編では何も描かれてない様に見えたカラムとソフィのこれまでとこれから(つまり人生)が、まるで自分が経験したことの様に見えてくるんです(正しく思い出のビデオを再生してたらそこには写っていないその頃の記憶が一気に蘇ってきたみたいに。)。記憶というものの非情さや愛おしさ、確かにあった"あの時"とそれが連なって人生になってるということを、言葉ではなくて経験として(しかも、見せられていたのは退屈な夏休み旅行のホームビデオなのに)教えられたような気がするんです。これはこれまで経験したことのない映画体験でした(そして、さっきも言いましたが、その感覚をこれほどまでに忠実に鮮烈に映像化したウェルズ監督、ほんと凄いと思うんですよね。)。

語ることないと言いながらだいぶ語りましたが、ストーリーを聞いたり、シーンの意味を考察するのには何の意味もない、ただ観て何を感じたかに尽きる映画なんだと思います(あ、そして、そこまで深く考えなくても、"あの頃のあの夏映画"としても毎年夏が来たら見返したくなる様な傑作だと思います。)。


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