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【映画感想】アンダードッグ 前・後編

前後編合わせて4時間36分。一気観しました。ダメなやつをとことんダメに描くことに関しては世界とは言わずとも、現状、間違いなく日本一だろうなと思っている武正晴監督(そして、脚本は足立紳さんで『百円の恋』のコンビですね。)の最新作『アンダードッグ』(負け犬という意味。)の感想です。

少し前に観た『本気のしるし』も4時間超えでしたし、個人的に映画館に長くいるのは苦ではないのですが、その熱量と登場人物のダメっぷりにさすがに観終わった後はどっと疲れました。僕は武監督の作品は『百円の恋』(もしかしたら、映画館で観て最も泣いた映画かもしれません。)が初めてで、それとNetflixの『全裸監督』(村西監督自身の有りか無しか論みたいなところはありますが、基本的に武監督の映画はダメな人を描いてるので一般的なところから見たら無しな人であることは間違いないんですよね。普通に考えたら無しなんだけど、そこにもドラマはあるって描き方というか。この情熱と狂気の狭間みたいのを描くのが武監督の真骨頂なんだろうなと思います。)しか観てないのですが、基本的にはどちらも底辺にいる人間が自分のアイデンティティの為に一念発起するって話で、今回の『アンダードッグ』もそうなんですが、今回はその熱量もダメさっぷりもちょっとケタ違いというか。もの凄く大雑把に言うと、前編ではいつも通りにダメなやつのほんとにダメなところを徹底的に描いて、そいつが必死になって這い上がろうとすることで(これはもうどうしたって)泣かされるわけなんですが、後編は、これまで描いて来なかったその先を描くというか。個人的には前編でいつも通りに泣かされて(ある意味)気持ち良くなってたら、後編でその先を見せられて、その地獄っぷりに涙も出ないって感じでした。

えー、3人のボクサーが出てくる話なんですけど、日本ライト級1位となった過去はあるが、その後は泣かず飛ばずでデリヘルの送迎のバイトをしながら何となくボクシングを諦めきれないでいる(森山未來さん演じる)晃と、父親が大物俳優で2世のお笑い芸人として活動しつつもあきらかにお笑いの才能はなく(それに本人も気づいている。)、テレビの企画でプロボクサーの試験を受けさせられることになる(勝地涼さん演じる)瞬、子供の頃親に捨てられて施設で育ったという過去を持ちながら才能のある若手ボクサーとして期待されている(北村匠海さん演じる)龍太、その3人のそれぞれの日常がちょっとづつ絡んだり絡まなかったりしながら進んで行くんですけど、この日常描写がめちゃくちゃ丁寧なんです(なので、4時間半という長さになるわけなんですが。)。日常をダラダラと描くのがまずはこの作品の凄さで、そうすることでまるで登場人物たちと一緒に生活してる様な気分になって来るんですね。共感とか同調とかいう感じじゃないんですよ。もう。まずはこの生活を体験してみろって言う。強制というか洗脳に近いみたいな(精神的バーチャル・リアリティとでも言いましょうか。)。

で、まずはその底辺ぷりというか、こいつ、ほんとにダメだなっていう(『百円の恋』の安藤さくらさんも凄かったですけど。)、今回はそのダメさっていうのの見本市みたいな、様々なパターンを"生活"っていうもの凄いベーシックなところで見せてくれるので、その分かりみが凄いんです。デリヘルのバイトで生計を立ててて、朝方家に帰って来たら年老いた父親が酒飲んでコタツで寝ちゃってる晃と、親が買ってくれた高級マンションに勝手に友達が上がり込んでパーティーやってる瞬とでは生活そのものは全く違うんですけど、その中で暮らす閉塞感というか、圧迫される中での焦りみたいなものは同じものを感じるというか。まずは前編は主にこのふたりの話になるんですけど、どちらにも鬱屈した闇の様なものがあるということがその生活描写から示されるんです。つまり、晃がどうしてもボクシングから離れられないのも、舜がこれを機に何かを変えなきゃならないのも(このふたりは言葉でそういう本音みたいなことは一切言わないんですけど。)その日常を見てるだけで痛い程伝わって来るんです。

そんな中で、お笑い芸人の舜がテレビの企画で芸能界引退を掛けた試合をすることになるんですが、その相手として元日本ランカーで今は落ち目の晃がオファーされることになるんですね(しかも、こちらもジムのオーナーから、この試合を最期に引退することを迫られているという。)。このことが晃にとってどれだけ屈辱的かってことは分かるんですけど、この映画が面白いのは、舜の方の"生活(生き様と言ってもいいですが。)"も見せられてるのでそっちの気持ちも分かってしまうんですよ。晃にとっても引導を渡される試合がこんなんでいいのかっていうのと同様に、瞬にとっても勝とうが負けようがそれがお笑いの実力には何にも関係ない無意味な勝負なわけで。要するにお互いに意味がないって分かってるのにやるしかないという。虚無ですよね(一応、この試合が前編のクライマックスになるんですけど、これだけ闘う意味のないクライマックスもなかなかないと思います。)。どっちの方がより何も持っていなかったかみたいな(ある意味ハングリーな)闘いになるんですけど。ただ、まぁ、それでもですよ。それでも、そこから何を見出すか。その勝負になっていくわけなんです。全くの無の状態から何かを掴むわけなんで、そのエネルギーがそのまま物語のカタルシスになって行くんですけどそこが凄まじいんです。だって、ここまで、このふたりには無しか描かれていないわけですから。あの、この話って要するにどう辞めるかって話なんですよね。信じて続けて来たことにどう決着をつけるか。つまり、いかに死ぬかです。で、死に際を決めるってことはどう生きたかを問われるってことじゃないですか。だから、この淡々とした試合のシーンに泣けるのは、ここにだけ登場人物たちがどうやって生きて来たかが出るからなんです(もしかしたら、信じたものそのものじゃないことで落とし前をつけようとした瞬の方が少しだけ割り切れてたのかもしれませんね。おれはこんなことをしたかったわけじゃないって感覚がより強かったというか。もう、終ってるんだっていうのをより強く感じてたのかもです。)。だから、他のシーンでは「うわ〜、ダメだな。」と思ってるんですけど、試合のシーンは泣けるんです。ここにだけ生きてる感じがするから。舜も晃も(だから、試合のシーンを観てると瞬にも晃にもいかにボクシングが必要かっていうのがもの凄く伝わって来るんですよ。でも、それが見えて来るのは死を悟った時だけなんです。そして、終るしかないんです。そういう話なんです。)。で(だから)、普通だったらここで終わるんですよ。どちらかが何かを掴んでその先へ進めば話は成立するので。ただ、さっきから書いてる様に、この映画、そこで何も掴めなかった方も描いちゃってるんですよ。それが後編の主な話に繋がって行くんですけど、まさか、この後に更なる虚無が描かれるとは思ってませんでした。

ということで、後編になるんですが、いつもの武監督の映画であれば、前編で描かれた様な死んだも同然な生活をしていた登場人物たちが(他人にとったら取るに足らない様なものだとしても)自己のアイデンティティを取り戻したところで終わるんですね(もしくは、その小さな変化を伴って人生は更に続いて行くっていう。例えば『百円の恋』で言えば、特に試合に勝つわけでもなく、だらしない性格が直るわけでもなく、少しだけ心の持ちようが変わる。それだけでドラマになるっていうのが良かったんです。)。けど、今回は、その時に変われなかった側の人生の続きを描くんですね。言っちゃいますと、瞬との試合で晃は(『明日のジョー』風に言うと)燃え尽きられなかったわけです(ボクシングの勝敗ということではなくですね。ジョーだって最後は負けたまま燃え尽きてますから。)。で、前編で見せられた様な晃の日常(ボクシングの試合が終わったらデリヘルの送迎のバイトに行って朝帰って来るとコタツで飲んだくれた父親が寝てるってやつ。)がまた同じ様に描かれるんですけど、これが前編とは全く違った空気感を持つんです。もともとの生活もどん底ではあったんですが、そこからボクシングがなくなったことでどう変わってしまったのか、それを前編と同じ日常の流れの中で見せられるんです(ここ、ほんとに、晃にはもうデリヘルのバイトとアル中の父親との生活と別れた奥さんへの未練しかないんだなと思わされるんですよね。同じ日常を見せられてるたけなのに。)。人生に唯一あったボクシングという灯を自ら消してしまって、ほんとに逃げ場がない(後編のここの描写で、個人的に『異端の鳥』を思い出したんですよね。世界の何もかもが自分に対して敵対してくる様な)地獄の様な世界が描かれるんです。で、ここに前編でずっと謎に絡んで来ていた龍太の過去が明かされたり(龍太役の北村匠海さん凄く良かったです。若さとか未熟さとか、そういうのが美しさに昇華されてる様な、地獄の中での希望を表現してるキャラクターでした。晃と龍太の関係性がほんとにいいんですよね。)、その龍太と晃のデリヘルのバイトが繋がって来たり、他にも様々な登場人物の過去とか現在なんかがぶわーって渦を巻いて(特に、『枝葉のこと』の二ノ宮隆太郎監督が演じてるデリヘル店の店長がいるんですけど、この人の人生が凄まじかった。僕は『枝葉のこと』に出て来る二ノ宮監督を見て"ひとり北野映画"みたいな人だなと思ったんですが、今回の、脇で出て来て全部持ってく感じなんか『コミック雑誌なんかいらない』の時のたけしさんみたいでした。)、この地獄どこまで底が深いのかと思って観てたんですが、これが4時間36分観終わるととてもさわやかな気分になるっていう魔法みたいなものが掛かってるので、まぁ(あと、最後の試合の前の走り込みなんかの街練シーンが普通の下町の路地で小学生たちが登校してたりしてて良いとか、二ノ宮監督の壮絶なシーンの相手役が渡辺紘文監督で若手監督対決になってて良いとか、熊谷真実さんとか女性陣の描き方も良いとかいろいろあるんですが)、とりあえず観てみて下さい(史上最ダメな森山未来が観られるだけでも価値ありだと思いますよ。)。登場人物全員の人生観た様な気分になるんで。

https://underdog-movie.jp/

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