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05.第1の扉 虎はなぜ強いのか

素晴らしい接客者と卓越した接客者のイメージを固め、卓越した接客者にインタビューを行ったところで、まず私が取り組んだことは、卓越する接客者に共通することを探し出すことだった。

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しかもただ共通するだけではなく、特に素晴らしい接客者が全く持ち合わせておらず、卓越した接客者だけが持っているものに注目することにした。
最初、そんなものがあるのかどうかは半信半疑だった。
いや、正直に打ち明けると高いレベルの両者を決定的に分ける物事などないと思っていた。

このような場合におそらく誰もが考えるように、素晴らしいと卓越を分けるものは、経験や勤勉さ、努力などをはじめとする、ごくシンプルな物事の積み重ねや反復だと私も想像していた。
ところが驚いたことに、この視点で卓越した接客者の共通点を探してみると、素晴らしい接客者が持ち合わせていないものがひとつだけ見つかった。
それはマネジメントの父ピーター・ドラッカーが「強み」と呼ぶものだった。卓越した接客者は皆、一様に「強み」を軸として接客を行っていた。
強みとは一体何なのだろうか。
ここに強みをイメージできる話があるのでご紹介しよう。

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歴史小説家の隆慶一郎は、戦国時代の武士であり傾奇者(かぶきもの)である、前田慶次郎利益を主人公とした「一夢庵風流記」という小説を書いた。
この小説は漫画家の原哲夫の手によって「花の慶次」という漫画として出版されベストセラーになったが、その中に強みを考えるヒントになるセリフがある。

鬼の形相で戦いを挑む伊達小十郎という登場人物に対して慶次郎は、
「虎はなぜ強いとおもう?
もともと強いからよ、お主はもともと弱いから、そのような凶相になるほど剣の修行をせねばならぬのだ」

というセリフを吐く。
また別の場面では、松田慎之助という登場人物に「なぜそんなに強いんだ」と聞かれ、このように応える場面もある。
「虎や狼が日々鍛錬などするかね」

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強みを考えるとき、虎がもともと戦いに強いように、狐はもともと知恵があるように、鳥ははじめから飛ぶことができるように、「できてしまう」ということに注目する。
しかし、卓越した接客者の全てが自分の強みを正確に知っているわけではなかった。

たとえば、幼児教育のカウンセラーを行う先生は、インタビューの結果私が彼女の「強み」をフィードバックしても今ひとつ得心していないところがあった。
なぜそのようなことが起こるのかは章を改めて説明していくが、強みを明確に知っていることが必ずしも一番重要なことではないということである。

大切なことは、強みを軸に「実践している」ことであって、それが卓越した接客者を卓越させている全ての源泉になっている。
これに対して素晴らしい接客者は、強みを源泉として接客を行うのではなく、能力を駆使することで接客を行う。

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2つは似ているので混乱しやすい。
ここでは単純に、「強み=できてしまうこと」「能力=できること」とまず覚えてほしい。
その上でもう少し解説を加えると、強みは先天的(実際には3歳前後まで)にできることであり、能力は後天的に訓練と反復によってできるようになったことである。

この2つは結果として「できる」ということに変わりはないけども、強みを生かす場合と、能力を使う場合では、それを行う人の心の状態が大きく異なる。

強みでできてしまう人は、最初からできてしまうのでストレスを持つことがない。好き嫌いを持つこともない。
呼吸をすることと同じように普通のことである。

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能力を使って行う人は、「できる」という意味では同じであっても、過去の努力と苦労がストレスになったり、実は苦手であるためにプレッシャーを感じながら行うことがある。

もうひとつ両者に大きな差がある。
能力で行う人の中にも、人と接することが好きで接客が向いているという人がいる。
このような人の能力はグングン伸びる。
成長速度や習得が速いことや、楽しんで行えること、高いスキルを身につけることができる「能力」のことを「才能」と呼ぶ。

才能は、先天的に備わっているものではない。
「あの子は才能がある」と言う場合、それは訓練によって優れて上達するという意味である。
「素晴らしい」接客者は、能力の中でも才能を生かして接客を行う。
そして素晴らしい成果を生みだす。

一方「卓越した」接客者は、強みと才能を掛け合わせて使う。
これが「素晴らしい」「卓越した」に及ばない理由である。
つまり、素晴らしい接客者に元々欠けているのが「強み」である。
強くなるために鬼の形相になった伊達小十郎は、確かに強いはずである。
しかし、前田慶次郎には及ばない。同じことが接客の世界でも起こっている。

では、素晴らしい接客者は「強み」が欠落しているため、いつまでも卓越した接客者に及ばないのだろうか?
そんなことはない。
強みは誰もが必ず持ち合わせている。
強みを発掘し、伸ばし、才能と掛け合わせれば「卓越した」接客者になることができる。

たとえば、「問題の本質がわかってしまう」「解決するためにはどうすればいいのかがわかってしまう」という強みを持つ接客者は、おそらくカスタマーサポートやアフターフォロー、クレーム対応、コールセンター、災害危機管理などの仕事に力を発揮できる。

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逆に、「人の話を興味深く聞くことができてしまう」という強みを持つ接客者は、カウンセラーに向いているかもしれない。

現に幼児教育のカウンセラーの先生は、その仕事を自分で行うまで一度もカウンセリングを行ったことがなかった。
それ以前は販売の仕事をし、その前は接客に全く関係のない、室内で図面を引く仕事をしていた。

インタビュー時の「尊敬するカウンセラー、またはお手本にしているカウンセラーはいますか」という質問に対しては、「いないし、そういう仕事をしている人を知らない」という回答を、申し訳なさそうに答えてくれた。
しかし彼女は現に、今もお母さん160人、子供180人に頼られ、信頼され、感謝される卓越した接客者である。

強みを源泉とすることは、素晴らしい接客者を卓越した接客者にする。
一流を超一流に引き上げる。
しかも、強みを軸に仕事を行うと、不必要なストレスやプレッシャーが大きく軽減される。
解放されることすらある。

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「できてしまう」という物事を行っている時、人は感情の起伏が緩やかになる。
好きでも嫌いでもなく、嬉しくも悲しくもなくなる。
平易に、普通に、しかし誰にもできないようなことができてしまう。
これが卓越した接客者だけが持つ強みの源泉になっている。



前話: 04.4人の卓越した接客者
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