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【エピローグ】個性を明らかにするvs専門家の本質 #015

自己啓発、占い、心理学、スピリチュアルで【個性や人生がわかることは絶対にない】シリーズ「まとめ」。



■個性を見つけるのに必要なこと・まとめ


個性には「自分の個性」と「人生の個性」がある。
自分の個性は強みや人格、価値や意味に関係すること。
人生の個性は現実の連続がどのようにオリジナル化するかということ。

それぞれどちらも他の人にはない個別化された特徴になる。

個性を生かそう、使おうと思うなら3つの条件を知って扱う必要がある。

①自分(相手)の個性が何かわかっている必要がある
②『個性と個性がバッティングする』ときどの場面でどの個性をチョイスするのか、正しい判断基準を知っておく必要がある
③個性が本当に生かされているかどうかは『ずっと見ていなければ分かりようがない』

誰かのオリジナルを知ろうと思ったら、その人に接し、できる限り一緒に過ごし、質問し、よく見て、感じて、共に何かをやってみたり、これまでどのような生き方をしてきたか、どんな価値観があるか、そのことをどう思っているのかを知る必要がある。

自己啓発、占い、心理学、スピリチュアルは自分の個性と人生の個性を分けない。個性を扱う3つの条件も満たさない。そして誰かのオリジナルを知るための当たり前の行動をしない。


■自己啓発、占い、心理学、スピリチュアルの専門家が知っておくこと


専門職というのは、何かの概念や技術のある一分野だ。医者は患者の病気を治す、など特化した役割がある。
4種類の専門家は、その名前が示す専門分野に通じている。占い師は「占い」に通じているのであり、誰かの個性に通じているのではない。

次に、専門分野とはどのような分野も必ず「基準となる雛形やルール、あるいは類型化によって物事を判別」する。医者が聴診器を胸に当て心音を拾うのは、そうすることの方法と判断が雛形かされているからだ。
占星術師がチャートを使うのも同じ理由による。
そしてこのような類型化は、個別化しない。型やタイプは分類分けを行う。個別化とは分類に分けるのではなくオリジナルを見出す。だからタイプ分け診断も当然個性を明らかにしない。

専門家の矜持は自分の専門分野に持つべきだ。
専門分野以外のことまでわかると考えるのは傲慢でしかない。
もしある誰かの性質がわかるというなら「専門分野の切り口でわかる範囲がわかる」という分別を持つことだろう。


■あとがき


「ナポレオン・ヒル」を勧められたのは20歳前後だったと記憶している。営業マンにやることのメリットを聞いた上で「やることのデメリット」を尋ねた。彼は答えることができず、最終的には「ない」と言った。
その後様々な自己啓発を調べて、どれもこれも販売元が儲かるような内容としくみが動いているだけで、本質的に少しも成功者など生まないことに気がついた。それから何年後かに理論と根拠を組み立て「自己啓発をしても絶対にうまくいかないワケ」をコラムで書いた。

心理学も若い頃からはじめたが、本格的に学び始めたのはここ15年ぐらいで、社会学などと兼ね合わせて知るようにした。この世界はエビデンスの世界になっており、誰か個人の心を解き明かす分野ではないと早い段階で分かった。臨床心理学にしろ、メンタリズムにしろ硬派から軟派まで一様にその傾向があった。

スピリチュアルと占いは同時期で、スピリチュアルの方が早かった。この世界と内容を知るため、様々なことを自分でもできるようにし、多種に関わり習得した。結果、大げさなことを言っている割に、検証の結果さほど効果がないことが分かった(ただしモノと場合による)。
ただ、追求はやるだけやったので、エセ専門家が多いことや人間として未熟なものが自称直感が優れているだとか、そういうことを言う世界なことにも気がついた。といって霊感がある人の人格が高いわけでもなかった。これは他の専門職も同じだろう。程度の低い人の方が人数が多い。
占いは、占いこそ検証と後追いが必要なのにそういうことをしている人を見たことがない。言いっぱなしであり、占いの技術というのはつまり雛形だ。専門職だとか真実だとか言う以前の問題で、根拠や論拠がなく、占い師に人としての責任がなく、結果にコミットもしていない世界だった。

その結果、何が最も許せないかというと、真実ではないことを真実だと信じ込ませ、本当ではないことを本当だと言い切る人たちが何度も何度も目に入ってきたことだった。
紛い物でありながら、その紛い物にお金を払って信じる人が後を絶たない。信じる方も頭がどうかしているが、どちらにより非があるかといえば、これは完全に提供側にある。
そういう人ばかりではないことも知っている。とくに人間性においてはさほど悪くない人も少なくない。だがその上でさらに、技術だけではなく概念を、概念だけでなく真実をしっかり追い求めている人を見た試しがない。

専門職とちゃんと専門分野として提供している人はいい。分別があり、身の程をわきまえている。そうでない者が多数なのは残念だが、どの世界もそういうものだと考えるとそこも目を背けることはできる。
だが明らかに人の人生に影響を与えたり、自分の生かし方に勘違いを植え付けることは看過できない。とりわけ『正しいと信じて誤りを撒き散らす』ことは直視するだけでは済まなかった。できれば撲滅したいが、そんなモノに一生懸命になるために俺は生まれてきたわけではないから、各個人の悪行はひとまずおいて、大前提として誤認が起こる出本を抑えようと思った。

それがこのコラムシリーズになった。

俺はスピも占い師も別に否定していない。否定されるようなことをしている書く個々人がいるので否定しているだけだ。もし占い師やスピリチュアルを扱う人で、本当に真実を追求しそのためにその仕事をしたいと心から願う人がいるなら、正当に鍛えることも検討する準備がある。
自己啓発は概念から否定している。自己啓発がやっていることは新興宗教がやっていることとほぼ同じだ。
心理学などの学問分野は分別がある。商業分野が分別に欠ける傾向がある。心理学は今後も学ぶことがあると思っている。


シリーズ全文を読むと実用書の半分ぐらいの文字数になると思う。
有志の専門家に、専門家を利用するユーザーに少しでも役立てばいいと思っている。


【コラムシリーズの目次】

自己啓発、占い、心理学、スピリチュアルで【個性や人生がわかることは絶対にない】コラムシリーズ

■プロローグ
1章「外側と内側では法則がまるで違う。結論も根拠も全て異なる」 
2章「マクロとミクロは法則がまるで違う」
3章「「マイナスの向上」と「プラスの向上」はルールがまるで違う」 ※この投稿
4章「どの専門職も「自分」と「人生」を混同している。多くの場合、その違いすら分かっていない」
5章「個性を明らかにするには、「個性を探る」しかない(スーパー当たり前なこと)」
【エピローグ】個性を明らかにするvs専門家の本質 ※この投稿


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