【周産期メンタルヘルス】不快性射乳反射(D-MER, ディーマー)に行った精神療法

 周産期に関わっていると、精神症状を抱えている妊産婦がそれなりにいるということに気がつく。これは一新生児科医が心穏やかに子育てに向きあえるように妊産婦の精神症状と向き合うニッチな物語である。

 授乳の際にどうしようもない不快感や憂鬱な気分などを感じることが報告されている。母性を否定される感情の沸き上がりを誰にも言えず抱えている母親が世の中にいるのである。先日1か月健診で授乳の際に背筋がぞくっとする感覚を感じる母親にあった。搾乳の際にも同様の感覚が沸き上がっていた。もちろんスタッフによるアセスメントは不快性射乳反射である。1か月頑張れたという感想とともに母乳育児を終了する流れとなった。否定的な気持ちではなく前向きな気持ちで終了できた点は不快性授乳反射を持つ母親の帰結として十分なものだろう。
 
 不快性射乳反射 dysphoric milk ejection reflex(D-MER)とは、「母乳育児中の母親の射乳反射の30~90秒前に、胃の不快感、不安、悲しみ、恐怖、気分の落ち込み、緊張、感情的な動揺、いらいら、絶望感、否定的な感情が現れ、射乳反射のたびに繰り返される不快症状」である。個人の成育歴や分娩の体験などは影響しない。ドーパミンが介在していることはわかっているが、症状が出る母親とそうでない母親がいる理由はわかっていない。(乳腺炎ケアガイドライン2020より)

 不快性射乳反射の存在が知られることで、母親の気持ちは救われるため、情報を提供し寄り添うことが大事である。その一方で「個人の成育歴や分娩の体験などは影響しない」のは本当だろうか?という疑問を以前から感じている。原因と考えられるドパミンやホルモンの話はあくまでも仮説にすぎないのであり、本当のところはまだわかっていないのだ。
 このおせっかいな新生児科医はついつい育児不安や育児の妨げになることを解決したくなってしまうので、この方にも不快性射乳反射という逃げ場を確保した上で、これまでの経験や記憶が引き金になっていることもあるかもしれないので、この機会に記憶を辿ってみませんか?と投げかけた。同意が得られたので、両側感覚刺激(タッピング)により不快な感覚につながる記憶がないかをさかのぼった。
 すると、小学生の頃にあった早期乳房発育に関する記憶が想起された。同級生に言われた自分の乳房のこと、悩んでいてもぜいたくな悩みだといわれ誰にも本気で受け止めてもらえなかったこと、大人になって異性の目が気になったことなど、それまで自分自身で気づいていなかった記憶が次々に浮かび上がってきたという。それに気がつき、不快な感覚の脱感作が進んでいくにつれ、不快な感覚は消失し赤ん坊の顔が浮かび上がるようになり、顔がついほころんでしまった、とその方は語った。

この方が教えてくれたことは何か?不快性射乳反射とされているものには、「本人が気が付いていない」トラウマ記憶が原因となっている場合があるということである。「個人の成育歴や分娩の体験などは影響しない」とされているのはこれまで記憶の奥底に眠っている体験まで遡れていなかったことによるのではないかという疑問がでてくる。本人自身も気が付いていないことについては、いくら本人に原因になりそうなことを尋ねてもわからないのである。両側感覚刺激による脱感作法(EMDR、タッピング)やブレインスポッティングはトラウマ記憶にアプローチできるため、本人の気が付いていない記憶の扉を開けることができる方法である。そこまで行った上で原因となる記憶がみつからないものが真の不快性射乳反射なのだろう。見かけの不快性射乳反射は精神療法により解消でき、それによって楽に授乳ができるようになる母親がいるということである。
 母乳育児の希望のある(見かけの)不快性授乳反射をもつ母親は、早めにこの手の精神療法のできる人につながることができれば母乳育児を継続することができるようになるかもしれない。自分にできることは目の前にこのような母親が来た時に、少しでも子育てを楽しめるようにおせっかいな手助けをすることくらいである。


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