ナノ~マイクロの世界を見る:X線小角散乱法

以前、物質の最小単位である原子を見るための技術として、X線の回折を簡単に紹介しました▼

しかし世の中にはもう少し大きなものが見たいな~という人たちがいます。例えば、体を作る重要な要素でもあるタンパク質の構造や、タイヤを強くするために混ぜたカーボンパウダーの状態といった原子よりは大きいけれど、光学顕微鏡で見るには小さいものの様子もまた私たちの生活に関わります。

さらに対象になる物質が湿っていたり(液中だったり)、分厚く不透明なものの中に埋もれていたりすると、電子顕微鏡(SEM, TEM)の力をもってしても観察することが難しいとされています。

そのような光学顕微鏡も電子顕微鏡も一般的なX線回折も使えないようなものを観察するための方法としてX線小角散乱と呼ばれる手法があります。ここでは、そんな少しマニアックなX線小角散乱法について簡単に紹介したいと思います。


はじめに

X線小角散乱法とは読んで字のごとく、小角領域に散乱した光(X線)から物質の情報を得る手法です。
しかし、それではわからないので、少々語弊があるかもしれませんが、簡単に説明していきます。

そもそも散乱とは?

まず、物質に光(X線)が当たると散乱という現象が起こります。
光(ここでは光の粒)は物質にぶつかると四方八方に散らばります。

光の散乱についてはこちら▼

重要なことは散乱した光のもつ情報を丁寧に調べると散乱減(水滴など)となった物質の特徴(大きさなど)が分かります。
昔の偉い学者たちは、この散乱した光を調べることで、目には見えない物質の情報を得ようとしたわけです。

もう1つ重要な点は、光が散乱する角度(散乱角)は物の大きさと関係があります。大きな粒子からの散乱は小さな角度域に、逆に小さな粒子からの散乱は大きな角度域に現れます(図を参照)。このように逆の関係になることを相反というらしい。

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一般的な小さな粒子とは原子スケールのものを、大きい粒子といっても数マイクロメートルぐらいのものをイメージしてもらえればいいと思います。そしてこの大きな粒子からの小角領域(約10°以下)に現れる散乱現象を調べる手法を“小角散乱法”というわけです


X線小角散乱法とは?

このようなマイナーな小角散乱法の中でも一般的な手法として入射ビームにX線を用いたものがX線小角散乱法(SAXS: Small Angle X-ray Scattering)です。
X線も光の一種です。というか目には見えないだけで光(電磁波)です。そのため、X線は物質にぶつかると散乱します(大部分は透過します)。またX線は物質の内部構造に応じて、様々な方向に散乱します。例えばタンパク質の場合、タンパク質自体の形や大きさに由来する散乱と内部の原子に由来する散乱は異なる角度方向に現れます。すなわち、自分の知りたい物質(または構造)の大きさに合わせて、測定する角度を変えればいいわけです。(タンパク質自体の情報は小角、原子の情報は広角といった感じ)

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※厳密には散乱現象なので、こんなイメージではないですが、とりあえず雰囲気を理解する上ではこんな感じかなと

ちなみに広角領域の散乱手法をX線広角散乱法(WAXS: Wide Angle X-ray Scattering)、より小さな角度領域であれば極小角散乱法(USAXS: Ultra Small Angle X-ray Scattering)と呼び、同じぐらい一般的に使われていると思います。

下の図に示すように、小さな原子や分子の情報は広角(WAXS)に、タンパク質やナノスケールの微粒子の情報は小角(SAXS)に、それより大きなものの情報は極小角(USAXS)に、それぞれ散乱像として現れます。そのため、知りたい構造の大きさに応じて、測定手法(調べる角度)を変える必要があります。現在、これらの手法を同時に測定する方法などもあります。

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とはいえ、散乱現象を見るだけで、すべてが理解できるわけではありません。散乱像を理解するためにはどのような原理で何を見ていて、その像が何を意味しているのかを知ったうえで情報を抽出する必要があります。例えば顕微鏡(イメージング)であれば、誰が見てもどんな構造をしているのかなんとなく分かりますが、散乱像はそうはいきません。だったら顕微鏡でいいじゃないかと思うかもしれないですが、どんな手法にも得意・不得意があるので、顕微鏡にも限界があります。そのため、散乱現象は顕微鏡では見れない構造を調べるためや、情報を補足するために使われます。

何に使えるの?

そもそもSAXS法はどのような物質を調べるために使われるでしょうか。
主に母材の中に微小な物質が分散したもの(コロイド)や、微小な物質が凝集したもの(階層構造)など、スケール感が合えば様々な物質に使えます。

対象になる物質の例
✓ ミセル
✓ 微粒子(ナノ粒子、マイクロ粒子)
✓ タンパク質
✓ ポリマー
✓ 金属析出物(ボイド)
✓ 複合材料(カーボンファイバーやセルロースナノファイバーなど)
✓ 骨(繊維の配向集合体)
✓ 液晶 
分かる情報
✓ 粒子の大きさ
✓ 粒子の形
✓ 分散状態
✓ 凝集状態(配向、秩序構造)

応用先としては、工業用から医療用の材料まで幅広い材料開発に使用される手法になります。


どこで使えるの?

SPring-8やKEK/PFなど放射光施設や、いくつかのX線装置メーカーはラボ機を売ってます(相当な値段ですが…)。
どうやら、単純な透過配置などでは、高強度のX線が必要なため、なかなかラボ機にするのは難しいらしい。また測定の原理上、かなり大きな装置になるのも避けられないのかも


小角散乱の種類

(1) 微小角入射X線散乱(GI-SAXS: Grazing-Incidence Small Angle X-ray Scattering)
X線を物質の表面に対してすれすれの角度で当てて反射したX線を調べる方法。

(2) 中性子線小角散乱(Small Angle Neutron Scattering)
入射ビームに中性子線を用いるもの。中性子は物質に入射すると物質内の原子核と相互作用するそうです。

ここではよく見かける手法について紹介しました。例えば一般的にSAXSと呼ばれる手法は透過配置(T-SAXS)なので反射配置(GI-SAXS)のものと比較されます。また、入射ビームの種類で分類すると(SAXS, SANS)の比較となります。


最後に

ここではX線小角散乱(SAXS)法について紹介しました。少々マニアックな内容になってしまいましたが、材料系の研究をしている方に雰囲気が伝えられていれば幸いですね。
自分の研究もこれに頼りっぱなしの手法ですが、知れば知るほど奥が深くまだまだ勉強しないといけないですね

(これは前にブログで書いた記事を編集したものです。)

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