見出し画像

水にも濡れずガスも通さない微生物が生み出す超撥水性バイオフィルム

ハスの葉やトビムシなど水をはじく超撥水能力を持った生き物は私たちの生活を豊かにしてくれるかもしれません。

一方で、シンクや排水溝でたまに見かけるぬめり(バイオフィルム)の中にも強力な撥水性を持つものがいるそうです。

このような特殊なバイオフィルムはエタノールや塩素系薬剤を書けてもなかなか死滅しない長年の謎として調査されてきましたが、その一部は液体をはじき返す超撥水バイオフィルムだったのかもしれないといわれています。

今回はそんな人間にとってちょっと厄介な超撥水バイオフィルムのお話です。

超撥水バイオフィルムとは

そもそもバイオフィルムとは、微生物が水中の固相表面に作るぬるぬるした粘着物のことです。

冒頭でも紹介したようにシンクや排水溝で見られるぬめりや、デンタルプラーク(歯垢)なんかもバイオフィルムの一種です。

このバイオフィルムはときに水を良くはじく超撥水機能を持っているものがおり、これは微生物にとってある種バリア的な役割を果たします。塩素系の漂白剤に1時間さらしても、微生物の細胞が残っているなどの人間にとってはかなり厄介な機能を持っているものもいるんです。

この厄介なバイオフィルムが持っている特徴を科学的に調査することで、シンクのバイオフィルムの謎を解き明かそうという研究を紹介しましょう。

超撥水バイオフィルムの特徴

今回調査の対象となったのは枯草菌と呼ばれる土壌や植物に良く見られる最近の一種です。空気中に飛散している常在菌の1つでもあるそうです。

さて、この枯草菌が作るバイオフィルムは非常に撥水性が高く繰り返し、液体を塗布しても濡れないことが確認されました。表面張力が小さいエタノールの濃度を上げていっても70,80%程度では何も変化が起きず撥水機能をその損なわなかったというのが驚きです。

参考文献より引用

そこで、このバイオフィルムの機能を支える原因は何なのかについて調査が行われました。バイオフィルムに関係する成分として多糖成分とタンパク質がありますが、片方を欠損させて実験をしてみると撥水機能が落ちてしまったようです。そのため、このバイオフィルムには多糖成分とタンパク質の組み合わせが重要であることがわかりました。

ハスの葉の表面構造が撥水に効いているという話を聞いたことがある方も多いかと思いますが、水をはじく機能というのは表面構造と密接に関係しています。ハスの葉のようにその構造を模倣することができれば、それだけで撥水膜を作ることができるというわけです。

研究グループでは、バイオフィルムの微細構造の潜在的な役割を明らかにするために、バイオフィルムをエポキシ樹脂で再現し電子顕微鏡を使って、微細な表面形状を確認しました。エポキシ樹脂で作ったバイオフィルムのレプリカも同様に撥水機能があると考えていたわけですね。

左が本物、右がレプリカ(参考文献より引用)

実際にエポキシ樹脂で作製したバイオフィルムのレプリカは本物そっくりの形状をしていることがわかります。しかしながら、どうやら撥水性までは模倣することができませんでした。この明確な理由はわかりませんが、仮説としては本物のバイオフィルム特有の細胞外マトリクスが影響を及ぼしているのではないかと考えています。

エタノール30%の液滴をはじくレプリカ(参考文献より引用)

そこにはさらにミクロな物理的構造と化学的性質を組み合わせた枯草菌の進化の歴史の中で培ってきた秘密があるのだと思われます。

最近では、このようなバイオフィルムがただ水をはじくだけでなく、ガスも通さないという発表があるようです。つまり液体だけでなく気体にも強いというバリアを持っているということですね。

研究グループは枯草菌バイオフィルムの表面ガス透過性についても調べました。X線で確認できる蒸気をバイオフィルムにあてると、投下したところで明るく光ります。この手法を用いてバイオフィルムのどの深さまでガスが透過するのか確認すると、なんと10μmとしか侵入していないことがわかります。

10μmしか侵入していないことがわかる(参考文献より引用)

ちなみに、この時多糖類とタンパク質を一部改変して欠損した変異バイオフィルムを調べると、より深いところまでガスが侵入していることがわかりました。

つまり、撥水機能だけでなく、ガスの透過防止機能においても、多糖類とタンパク質が複雑に関係しており、どちらも欠かせない成分であることが分かったということです。

なぜ、多糖類とタンパク質が両方必要なのか、よりミクロな世界でいったい何が起きているのかはまだまだわかりませんが、枯草菌というただの最近が生み出したバイオフィルムがいかに人間の知恵を超えた存在であるかは感じられたかと思います。

最後に

今回は水もアルコールもはじいてしまう超撥水バイオフィルムについて紹介しました。植物に昆虫にお次はバクテリアといろんな生き物が水を上手に扱っているようです。

このような身近に潜む生き物を科学することで、人類は新しい知見を手に入れて、私たちの生活に活用していこうとします。

そんなバイオミメティクスは今後も大きな発展が期待されるでしょうね。今後も研究が進み、枯草菌バイオフィルムが持つ高い撥水性とガス阻害能力を解明できれば、私たちの役に立つ新しい高機能超撥水フィルムが実用化されるかもしれません。

そんな未来を予想して生活するのも楽しいですね。

参考文献

Bacterial biofilm shows persistent resistanceto liquid wetting and gas penetration

興味があるかも


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?