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出発 その地はリヴィエラまたはコート・ダジュール  #1

出発

 陰気な灰色の空から、着地しようと向かってくる飛行機は、朝なのにライトをつけている。出発時間が間近な割に、何か気持ちが浮かないのは、こんな空模様のせいだろうかと思いながら、搭乗開始を待っていた。

 やがて飛行機は離陸し、ちぎれ雲の合間から、荒川流域の住宅街が広がる。日常を断ち切って、非日常へと飛び立ったが、気持ちがついていかない。眼下のいつもの生活をまだ引きずっている。
4年前にサンノゼに行った時は、こんなことはなかった。初見の街への憧憬から、玄関を出た瞬間に気持ちだけは、30000フィートの上空に飛び立っていた。現地に着くのが待ちきれず、飛行機の中でも落ち着かなかった。
歳のせいだろうか。ある年齢を過ぎると、未来より、堆積した過去の時間が勝り囚われるのだろうか。シーソーの均衡が崩れて、ガタンと傾くように。  
あるいは、3年間の停滞した時間に、オンラインで旅行気分が味わえることにすっかり慣れ、感受性が鈍ってしまったのだろうか。時間をかけてはるばる1万キロも離れた地に行く意味はあるのか。
以前なら長期間留守にする時の心配の種だった愛猫も、今はもう死んでいなくなり、待つ人がいない家はがらんとしいる。それでも何かを置いてきてしまったような気がする。

 窓の日除けを下ろし、目を閉じた。
 そして、(きっと機内モードにする前に、LINEの返信をし忘れたのが気になっているだけにちがいない)と言い聞かせた。

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