先に悟ったので、

虚しいという言葉を知ってから私はどこか冷めていて、小中学生とかの一番活発な時に、自分を落ち着けてあまりはしゃげていなかった。


変わったのは15歳のころから。

たぶん、自分が思ったより自分の毎日を楽しむことができるんだと気づいたことがきっかけだ。

お腹が痛いくらい笑わせてくれた親友と、塾で会った底抜けに明るい男の子と、ちょっとシャイでけれどとてもおもしろい男の子には感謝している。


恋愛に関しても小さい頃はかなり冷めていた。週ごとに好きな人が変わる恋話を尻目に、つまらないなと窓の外を眺めたり、本を読んだりしていた。

けれど今はわりと魅力的なことだと思っている。

恋と愛はミステリーですごくおもしろいし、とてもハッピーなことだと感じる。

半分くらいは苦味や切なさで出来ているけれど、それさえも幸福なことだと感じる。

世の中にこんなにもラブソングがあることを、やっと納得し始めた。


運命の人もいると思っている。

というのも必ずしも結婚する人を運命の人と呼ぶのではなくて、出会う人の中でそれぞれの運命があるのだと思う。例えばこの人は恋愛の楽しさを教えてくれる人とか、自分の強がりや弱さに気づかせてくれる人とか、そんな具合に。

ソウルメイトとかもわりと信じている。

言いようもなく惹かれるということは実際あるし、いくつになってもそうだろうなと思う。


「好きな人は高校生までしかできない。大人になると妥協になる」とか言う友人に、

「恋に落ちるのに年齢は関係ないでしょ」と返したら、

「メルヘンだね」と言われていささかむかついたけれど、現実の浮世で生きるよりは、メルヘンなことも起こりうる世界だと捉えて生きたほうがずっといい。

夢見がちだと言われても、好きなだけ楽しむことにしている。

最近周りの人の年齢が高まってきていて、世の中は虚しいとか諦めたとか期待しないとかいうセリフをよく聞くようになったけれど、私は先に悟ったので、もう現実を考えて虚しくなったりしません。

与えられた余暇の中で好きなだけ楽しみます。夢も見ます。大人でありながら子供でいます。


もう社会がつまらないとか、大人がつまらないとかどうでもいいのです。生きようによっては人生すべてがつまらなくなってしまうことを知っているので、大人ぶるとか、悟ったふりをするとか、世の中を諦めるとかそういうのはないんです。

諦めるとかはもう飽きたんです。

だからメルヘンでいいです。

もう楽しく生きることしか考えません。

けれどさすがにそれだけだとやばいので、周りの人への愛と感謝はかろうじて忘れないように気をつけます。


私は私の人生を満喫しますので、あと何年かはわかりませんが、よろしくお願いします世界。

と言って空を見る。



  

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