北海道600㎞、7人の羊飼いを訪ねて
7月17日から19日の3日間かけて、北海道をまわってきました。そんな話をみなさんにすると「お寿司食べた?」とか「温泉は入った?」なんて言われるのですが、まったくそういった類の旅ではありません。
テーマは「羊」。北海道の十勝地方から上川地方にある羊農家さんを3日間で7軒まわってきました。走行距離はなんと600km。その距離は、東京から西に行けば岡山県の東端の備前市まで、北上すれば岩手県の北端、二戸市まで辿り着くほどです。
しかも一緒にまわったのは、ミシュランの星付きレストランのシェフをはじめとした都内と札幌でレストランを開く有名シェフたち。
東京・麻布十番ほか「羊SUNRISE」オーナー 関澤波留人さん
東京・代官山「TACUBO」オーナーシェフ 田窪大祐さん
東京・西麻布「NO CODE」オーナーシェフ 米澤文雄さん
北海道・札幌市「meli melo」オーナーシェフ 佐藤大典さん
東京から飛行機で、帯広を目指します。
❶茶路めん羊牧場
旅のはじまりは羊飼いのパイオニアが開いた牧場から
「さ、寒い……」、北海道のたんちょう釧路空港から一歩外に出た瞬間、東京から来たメンバーは全員思ったはずです。それもそのはず、連日30℃を超える東京から一転、雨が降っていたこともありますが、この日の気温は15.6℃。この気温の振れ幅に、改めて北海道まで来たことを実感します。
東京から旅に参加したのは、関澤さんと田窪さん、米澤さんのシェフたちのほか、安室奈美恵さんの「HERO」などを手掛けた音楽プロデューサーで、自分以外の人にレストランの食事料金などを先払いするサービス「ごちめし」を運営するなど、食を愛する今井了介さん、そして僕の4人です。
レンタカーに乗り込み(関澤さんの運転で)最初の羊農場の「茶路めん羊牧場」に向かいます。
茶路めん羊牧場は、帯広と釧路の間、白糠町を流れる茶路川沿いにある牧場で、牧場主の武藤浩史さんが1988年の開場しました。道東(北海道東部)の羊飼いの中心人物のひとりで、この後会うことになる、さまざまな羊飼いのなかには、武藤さんのもとで羊飼いを学んだという人も多いくいました。
関澤さん曰く「羊普及に40年以上携わり、1頭丸焼きイベントを全国各地で開催したり、 幅広く新規就農希望者を受け入れたりと、国内における羊産業の礎を作った牧場」ということで、羊旅の始まりにふさわしい牧場といえます。
鼻の赤いポールドーセット種や黒い顔のサフォーク種など、2カ所の放牧地(25ha)で肉用肥育羊を300〜320頭、を育てています。年間の出荷頭数は100頭ほど。100頭は少ないように感じるかもしれませんが、茶路めん羊牧場は北海道の中でも中規模から大規模のめん羊牧場にあたります。国内にはめん羊(食用以外の羊も含む)で1万7800頭の羊がいるそうです。そのうち300頭は、1.6%にあたるわけですからかなりのものです。
ちなみに、日本の国産羊肉のシェア率は、一説によると1%以下や0.5%といわれていますが、正確な数字はわかっていません。
この数字が、低いのか高いのか、そしてどこまで上げていく必要があるのか。旅をしながら、「羊飼い」という仕事を通じて考えていきます。
茶路めん羊牧場は、加工場をもつため羊の飼育だけでなく、製品の販売までを行っているのは、今回まわった羊飼いのなかでも珍しいポイント。隣接するファーム・レストラン「Cuore」もあります。ここのレストランがすばらしいんです。
茶路めん羊牧場の羊肉は、北海道のジンギスカン店を中心に卸しているため、都内の飲食店との取引がほとんどなく、なかなか食べられません(羊SUNRISEでも出していないそう)が、ネットショップでチルドの肉を購入することができますので、利用してみてはいかがでしょうか?
❷羊まるごと研究所
羊飼いが行きつくことは草と母羊を育てること
茶路めん羊牧場から車で40分ほど、北海道白糠町にあるのが酒井伸吾さんが所長を務める「羊まるごと研究所」です。牧場と名乗らないのは、酒井さんが羊肉だけでなく、羊毛なども生産物として販売し、文字通り羊を「まるごと」使いきろうとしているからでもあります。
こうした取り組みは、先に訪問した茶路めん羊牧場でも羊毛や毛皮、羊脂や骨まで使いきれるようにすることをしていました。それもそのはず、酒井さんは開場前に2年間、茶路めん羊牧場で働いていたこともあるそうです。文化や羊飼いとしての哲学が継承されていくのも、北海道の羊飼いの特長のように感じます。
羊まるごと研究所では、20haの放牧地に300頭の羊が育てられています。月10頭前後、年間で150頭を出荷、月では10頭前後になるといいます。
育てている羊は、サフォーク種や白い顔が特徴のチェビオット種、オランダ原産のテクセル種のほか、研究所で交配したサフォーク×チェビオットの「サッチェビ」(自称だそう)やサフォーク×テクセルの「テフォーク」(こちらも自称だそう)もいるそうです。
この日は、あいにくの雨で放牧されている羊を見ることができず、羊小屋のなかだけの見学でしたので、酒井さんの羊飼いとしての考え方を十分にしることができなかったとは思いますが、それでも湿度が高い環境であるにもかかわらずツンとするようなアンモニア臭や糞の臭いはまったく気になりませんでした。小屋を清潔に保つことからはじまる、羊たちを健康に育てようとする酒井さんたちの姿勢が伝わってきます。
羊は、群れで飼育されることが多いので、特に伝染病による被害が大きいそうです。また、寄生虫病による下痢なども大きな被害となっていて、虫下し(駆虫薬)を予防的に投薬するのが一般的です。
酒井さんは、虫下しをあげすぎると、それに抗おうとする強い寄生虫が出てきて、いたちごっこになるといいます。効く薬に頼りにやりすぎず、むしろ羊を飼う密度や環境との関係を考えながら、必要な時だけ対処していった方がいいというのが酒井さんの考え方です。
じっさい羊の飼育をしていると、10%ほどの羊は病気などで死んでしまうといいます。飼い主の腕がよければ、その数字は一桁になり、名人になると5%ほどになるそう。逆に、15%を越えると、飼育のどこかに問題があると考えられるといいます。
「羊飼いは繁殖からと殺まで一貫生産。作業の答えはその前の作業に答えが存在するんです。そして、その答えが行き着くところは、草と母羊を育てること。出産、飼育、出産は羊飼いの本質で、これは農業の本質でもあります」という酒井さんの言葉は、このときの僕にはまだ理解できなかったのですが、このあとのたくさんの羊飼いの皆さんのお話しを聞く中で何度も出てくるテーマで、「羊飼いは農業である」ということを考えさせられる言葉でもありました。
❸愛二牧場
肉牛の素牛農家である技術を活かした羊飼い
1日目の夜は、帯広へ。屋台を数店はしごししながら楽しみました。2日目は前日の雨がうそのように快晴。暑いです。
帯広市内から、ザ・北海道な一本道を向かった先にあるのが、牧場主の増田愛二郎さんのお名前が由来の愛二牧場です。そして2日目からは、札幌「メリメロ」のオーナシェフ、佐藤大典さんと、札幌市で「杉ノ目」などを経営する杉目茂雄さんが合流してフルメンバーとなり、さらに賑やかな旅になります。
じつは愛二牧場は、この羊旅を企画した関澤波留人さんがオーナーを務める羊SUNRISEととてもゆかりがある牧場なのです。というのも、増田愛二郎さんの息子・善三郎さんが、羊SUNRISEで働いてたのです。
善三郎さんは、2022年5月に実家に戻り、現在は羊の飼育を中心になって行っています。
愛二牧場は、もともとは、肉牛のなかでも子どもの牛を育てる素牛農家。愛二郎さんが牛を育てるかたわら、茶路めん羊牧場の武藤浩史さんと出会ったことで羊の飼育も始めました。
8町ある放牧スペースと肥育用の48坪小屋が4棟あり、1棟に60頭ほどが飼育されています。善三郎さんは、「肉用として出荷する羊を育てるのに、一人で見られる繁殖用の母羊の数は、年間で120頭ほどだと考えています。それが今は140頭ほどいるので、少しずつ減らすように調整をしていきたい」といいます。将来的には、雌羊や種羊などを合わせて、全体では360頭ほどの羊を300頭程度になるようにしていきたいともいいます。
愛二牧場は、肉牛の素牛農家である技術を活かして、羊肉用の羊の飼育は、放牧をせず基本的に宿舎の中で育てています。その方が、寄生虫を寄せないこともあり、病気になりにくいと善三郎さん。羊まるごと研究所の酒井さんや、このあと訪れる石田めん羊牧場の石田直久さんの放牧主体とは違ったスタンスで羊を育てているのは興味深く感じました。
じっさい、人間が用意した餌と草とで育った羊たち、寄生虫などによって死ぬ確率も減少するということで、35頭で1頭ほどだといいます。また四季を通じて安定した出荷も可能で、そうした産業的ともいえる管理法は、肉牛農家ならではなのかもしれません。
「環境が違うので地域に合わせた羊の育て方がある」と善三郎さん。配合飼料のレベルや草の確保する方法などが地域ごとに違うため、愛二牧場がある帯広市八千代地区では、母羊や将来の母羊になる仔羊は、放牧で育てても羊肉にする羊たちは、小屋で育てた方がいいというのです。
羊は放牧。という勝手なイメージがありましたが、その土地にあった育て方や、考え方によって大きく異なることを知れた貴重な見学でした。
❹石田めん羊牧場
羊の生産者をなぜ「羊飼い」と呼ぶのか?
日本最大面積の町で知られる北海道十勝地方の足寄町。はて、どう読めばいいか戸惑いますよね。足寄と書いて「あしょろ」と読みます。
食が好きな人の中で、北海道の羊牧場といわれて、まず思い浮かべる(もしくは名前を聞いたことがある)としたら、「石田めん羊牧場」ではないでしょうか。僕自身も、滋賀県にある精肉店、サカエヤの新保吉伸さんが唯一扱う羊肉であることや、羊SUNRISEで食べたこと、雑誌でもその名を良く見る牧場として、旅に出る前から知っていた羊牧場の一つでした。
牧場主の石田直久さんは、50ha(東京ドーム25個)の牧草地に、1000頭ほどの羊を放牧しているといいます。1000頭! これまでの牧場で飼育されている数からみて桁違いです。石田さんは、妻の美希さんと2人で羊を飼っていそうで、これまで見て納得してきた「一人が見れる羊の頭数」の100~120頭という定説を、あっさりと飛び越えてしまっています。
メインで飼っているのは、サウスダウン種というイギリス原産の品種のみ。肉用種の中でも「羊肉の王様」と言われるほど風味豊かで、繊維も柔らかく、その旨味は群を抜いているといわれています。
このサウスダウン種を、ラム(生まれて1年未満の羊)だけでなく、ホゲット(生まれて12カ月以上、24カ月未満)にあたる生後15カ月で出荷もしています。これもとても異例なことです。
というのも、畜産なり、生き物を飼うということは、長く育てれば育てるほど、飼料代や飼育費といったコストがかかるだけでなく、病気になるなどして死んでしまう確率も高まります。
端的にいえば、早く大きくして早く出荷したほうが、コストが抑えられてロスもなくなり、利益が上がるので、生産効率が良いモデルということができます。
しかし石田さんは、こういった観点で羊飼いを考えていないように感じました。というのも「手をかけずに羊を育てる」ということが石田さんの羊飼いの信念なのではないかと感じたからです。
もちろん、まったく手をかけないことはなくて、さまざまな骨を折るような仕事があると思います。それらの仕事は、羊に直接手をかけるというよりも、羊が暮らす環境を整えることで、羊が自立して生きていくことを優先しているように思えるのです。
ランチは、石田さんと愛二牧場の羊肉のBBQ。日本を代表するシェフたちが焼く肉を食べられるなんて! このためにこの旅に参加したといっても過言ではありません!
羊飼いの仕事は農業なのではないか
基本的には、1年中放牧地で育てて、最後に出荷するときにだけ小屋で飼育して、配合飼料を加えます。これは石田さんいわく「水分を抜くため」。群れごとに羊を管理しているそうですが、たとえばそのなかで子どもを育てない、育児放棄をした羊の子どもは、小屋に引き上げて石田さんたちが育てます。さらに、その育児放棄した母羊は、劣勢な種として淘汰(肉用)にされます。
さらに脱膣という体の不具合が起きたり、子どもを産まなかったり、単子(双子や三つ子ではない)を産む母羊も淘汰の対象になるといいます。
人間でいえば、現代社会で否定されている(SDGsが一人も取り残さない世界を目指すように)「優生思想」の考え方にもつながるものだと思うのですが、これは例えば農業でその土地にあった種を残そうとする「種の保存」の原理でいえば、ある種のまっとうな考え方でもあるといえます。
もちろんどちらも人間が考えた思想ですので、それをそのまま自然界に当てはめることはできないとは思いますが、僕自身の感覚では、より自然に近いのは、自然に適応しない種を淘汰していく方法の方に自然を感じます(誤解しないでいただきたいのは、僕自身は文明のなかで生きているということを自覚していますし、それでいいと思っています)。
じっさいに石田さんにお会いしてさまざまお話しをお聞きしていると、関澤さんが羊の生産者さんを「羊飼い」と呼んでいる理由がわかるような気がします。
もちろん、この日で羊の旅も2日目で、自分自身に知識が積み重なったこともあると思います。さらに晴天のもと羊肉のBBQをしたこともあって、プラスのバイアスがかかっていたこともあるでしょう。しかしながら、旅を終えて、1カ月半たった今でも、変らず「羊を食べる」ということは何かについての答えを指し示しているのは、石田めん羊牧場のような気がします。
石田さんの放牧場をみて、とても美しく見えたことと、羊と人間の距離がとても離れていること、基本的には、優秀は母羊を残そうとしていること(これは、どの羊飼いにも共通することだと思いますが、より強く感じました)を聞くごとに、人類最古の家畜である羊とともに、産業化されてないという意味での人類最後の家畜の姿の一端を、石田さんの牧場で感じることができました。
放牧地の草を育てて、羊を飼い、より良いその土地にあった羊の種を残していく。それは僕には少なくとも、肉用に「生産」している近代的な畜産とは違うように見えました。
そのことを考えたときに、僕は、羊飼いの仕事は、土をつくり、種を蒔き、収穫し、種を保存するというという意味で、農業と同じなのではないかと考えるようになったのです。
❺かわにしの丘しずお農場
この日から羊の旅は3日目。旭川市と稚内市の間に位置する士別市からスタートです。
前日の夕方に士別市にある「かわにしの丘しずお農場」まで辿り着き、そのよるは街を一望する丘の上でBBQ。隣の名寄市で羊肉専門店「東洋肉店」を営む東澤壮晃さんも合流して楽しい宴。壮晃さんセレクトのナチュラルワインがおいしすぎてたまらない。
サフォークの街で企業型羊飼いとして最も成功している牧場
ひと晩明けて最終日3日目は、士別市から羊旅のスタートです。
サフォークのまち「サフォークランド士別」として知られる士別市は、養羊が盛んな市。市内でおよそ1200頭のサフォーク種が飼養されてるそうです。そんなサフォークのまちを代表する羊牧場が「かわにしの丘しずお農場」です。今回は社長の山下卓巳さんに案内していただきました。
関澤さん曰く「しずお農場は、企業型羊飼いとして最も成功している牧場。 ファームレストラン、ファームキャンプ、催事出店など 柔軟な発想と羊への想いから様々な事業を展開している山下社長です。 そして、日本羊史を語る上で欠かすことのできない士別市は、羊の源流を辿るうえで重要」といいます。
267haの敷地に、市のシンボルでもあるサフォーク種を600頭ほど育てています。月の出荷数は15~20頭。今回まわった羊飼いのなかで、石田めん羊牧場につぐ規模といえます。
近年、15%近くまで羊の死亡率が上がったといいますが、農場長に新しい人材が入ったことで、農場の環境が向上し、一桁の中盤くらいまで死亡率が下がってきているといいます。
育て方によって変わるという興味深いお話を山下さんはしてくださいました。
❻西川農園
雪深い北海道の農家の"副業"として始めた羊飼い
3日目後半のアテンドは、地元の羊飼いを良く知る東澤さんにバトンタッチ。士別市の南にある和寒町を目指します。
和寒町で米とカボチャを育てる西川直哉さんが、羊を飼い始めたのは3年目のことです。美深町の松山農場から羊を飼い始め、テクセル種やサフォーク種など比較的メジャーな品種から、ジャコブとロマノフの交配種などさまざまな品種を試しながら、和寒町にあう品種を試行錯誤している最中だと西川さんはいいます。
西川さんの羊飼いのユニークなのは、本業の農家としての仕事が順調で顧客をもっている点です。それでもわざわざ羊飼いを始めるようになったのは、羊旅3日目、羊SUNRISEの関澤さんにかわって案内役をつとめてくれた東澤壮晃さんがきっかけ。西川さんにとって友人である壮晃さんが「羊飼ってみたら」という勧めがあったといいます。
「もともと、牧草が余ってしまっていたので、自前で使っていけるようなことをしたいと、10年くらい前から考えていました。牛を飼うことも考えましたが、初期投資もかかりますし、そう考えると羊を飼うのがいいと思ったんです」と西川さん。
もともと田んぼだった場、掘り起こして、種を蒔いて牧草地にしたという西川さん。現在は、50頭の繁殖用羊がおり、年間70頭から80頭の出荷を目指しているといいます。
また西川さんの農園から20分ほどでと殺上に行けるのも羊飼育に追い風になっています。運送の負担が少ないことや、鮮度が抜群に良いことなどがメリットになるのです。
農業をしながら羊飼いは大変ではないかと聞いたところ、春の出産時期を早めて産ませることで、農業の忙しさが本格的になる前に済ませる工夫をしているといいます。どうやら忙しい夏場は、牧草地で放し飼いにしておけて手間がかからずにすむことが兼業羊飼いを可能にしているポイントといえそうです。
「夏場の放置プレーとはうってかわって、冬は日々カボチャとキャベツ刻んで糀つくって豆蒸して、コーンを挽いてって日本一なくらい餌に凝ってるので、次回は冬に来てくださいね」と西川さん。次にお会いするときに、どんな農場になっているのか楽しみです。
❼羊屋ロビン村
2年目の若き羊飼いが目指す循環型の羊飼い
西川農園がある和寒町で2020年11月に新しく羊飼いに就農したのが、「羊屋ロビン村」の村長、加藤純規さんです。士別市出身の加藤さんは、何気なく参加した羊牧場ツアーで羊に興味を持ち始めたといいます。
士別市の地域おこし協力隊に参加し、かわにしの丘しずお農場で研修をするなど、羊飼い見習いとしての修業をしながら、地域の羊農家や野菜農家などとのネットワークを育みました。協力隊の任期を終えたあと、士別市の隣町である和寒町の知人の農家から2020年9月に土地を借りることができると、飼育小屋と放牧地を手作りで準備。2020年11月に、テクセル種」5頭、サフォーク種10頭、あわせて15頭の羊とともに開村しました。
現在は、1.5町の放牧地をもち、羊65頭を育てており、将来的には月齢10カ月で30kgにまで育てたらラムを月に4頭程度の出荷を目指しています。
地域の農業と連携して循環型の羊飼いを目指し、放牧飼育を中心に投薬や農薬の使用をさけるオーガニックな羊飼育を目指したいという理想を実現させようとする強い情熱をもつ加藤さんですが、初期就農の段階で現実とのギャップに、一時期落ち込んだときもあったといいます。
一度考えたことも見直しながら、急激な変化ではなく、長期的な視点で考えながら一歩一歩進んでいきたいといいます。30歳の若き羊飼いの歩みは、まだ始まったばかりです。
もっと国産羊を知ってもらうために
北海道の名だたる観光地に寄らず、ひたすら羊のことばかり考え続けた3日間の旅でした。
今回たずねたどの羊牧場も観光牧場ではなく、一般ではまわることができない牧場です。普通では絶対に体験できない貴重な旅ができたのは、羊を愛し、日本の羊業界を変えようと奔走する関澤さんと羊飼いのみなさんとの信頼関係によるものです。本当に感謝しかありません。
そして、日本国内における国産羊肉の流通量は1%以下という事実のなかで、「国産羊の存在、羊飼いの仕事を知ってもらいたい」という関澤さんの思いに全員が賛同し、北海道に向かったわけです。
今回の旅の道中では、シェフたち同士で「どうしたらもっと北海道の羊をレストランで使えるか」という会話になっていました。とくに重要なポイントになったのが「流通」でした。
現在、日本国内の羊産業には行政やJAからのサポートがほとんどありません。さらに、国産羊肉については流通インフラが構築されておらず、途中の流通や卸業者もありません。そのため、牛や豚、鶏の肉を部位ごとに注文することができないため、一部を除いて、基本的には羊飼いから直接1頭、または半頭で買うことになります。
仮に、一般的なレストランで羊一頭を仕入れたとしても、その量は鮮度の良い状態で使い切れる量ではなく、よいメニューを生み出すことが難しいときもあります。それなら、扱いやすい既存の肉を使った方が、コストも抑えられる。顧客のことを思うならと、国産羊を断念するレストランがあるのも十分に理解できます。
つまり多くの方々に、本当の羊肉の美味しさを伝える機会は生まれにくい状況である、ということが現在の実情です。
車中では、「都内のレストラン向けに、肉を卸して加工して届けるような施設があれば、多くの店が扱いやすいのでは」「それをハルト(関澤さん)がやればいい」という話になりました。
そのアイディアをさっそく関澤さんは、実行に移しています。というのもCAMPFIREで加工施設建設を目指したクラウドファンディングに挑戦しているのです。
▼希少かつ最高品質の“国産羊肉”から生み出す、トップシェフのプレミアム羊メニュー(9/15まで)
この取り組みに僕も大いに賛同しています。その応援の一環として、今回は旅で感じたことをnoteをまとめようと思いました。金もらって宣伝してるんだろ、と思うかもしれませんが、一銭ももらっていないですし、むしろ好きでやっています。その思いは、参加したシェフたちも同じなはずです。
この記事を読んで、国産羊に興味を持たれた方、ぜひ、クラファンで支援をしてもらえたらうれしいです。
おわりに|「羊飼い」という職業
7人の羊飼いのみなさんの元をまわって話を聞きました。1年、いや何十年と続く羊飼いの日々のほんの1日を見ただけで、「お前に何がわかるのか!」といわれるかもしれません。
知識不足・勉強不足も甚だしいなかで必死にこんな長文を書いているのは、僕自身、畜産であったり、動物の肉を食べることに関してとても考えるきっかけにこの旅がなったからです。
現在、持続可能な世界を目指し、各業界が「SDGs」を掲げています。
エシカル(倫理的な)フードや、アニマルウェルフェア(家畜愛護)、畜産業に対する脱炭素・炭素中立の取り組みも積極的になされています。
さらに消費者の食生活も変わってきて、ヴィーガン(肉や魚といった動物性の食材などを食べない食生活の人)人口も全世界で1~3%、動物性食品の消費量を減らす、あるいは食べない食生活をする人は世界人口の25%になっているともいいます。
産業革命以降、生産効率を高めながら、おいしさを求めて進んできた畜産業も見直しが必要になってきているといえるいま、肉を食べるという行為自体にも、「食べない」という選択と同じように、その意味を見出す必要があるのではないかと思っています。
そうしたなかで、すでにこの記事でも書きましたが、肉の味わいと生産性を高めることを目指してきた畜産の先に、もうすこし幅広く土地・地域のなかで育てていきながら、より人間により近い存在としての畜産の姿を考えることができたら、別の文脈・ストーリーを生み出すことになるのではないか。
それはつまり、羊飼いの生き方や仕事の仕方を知ることは、今で「人間なんだから肉を食べて当然」ということではない、「肉を食べる意味」を選択者がもつ世界のきっかけになっていくのではいかということです。
もちろん食べるために育てている羊たちですので、畜産を産業と切り離すことはできないですし、羊飼いのみなさんも高く売れることはとてもよいことですから、急激な変化は難しいと思います。
しかし、今回のテーマである「国産羊のことを知ってもらう」ということが実現したときに、食べる意味の議論が活発になり、さまざまな人が畜産を知り、考えたうえで食べることを選ぶようになれば、それこそ食の選択に多様性が生まれるのではないかとも思いますし、そしてその方が、食べる人と食べない人の理解が深まるように僕は思うのです。
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ぜひこの記事を見て国産羊に興味を持った方は、羊SUNRISEに行ってみてください! 国産・外国産の羊の食べ比べができますよ!
付録|北海道羊旅で立ち寄ったお店(羊以外もあり)
ここからは、羊旅で立ち寄ったお店を紹介していきます。今回まわった羊牧場は、一般の人は立ち寄りできませんので、「行ってみたい」と思っても難しいのですが、紹介するお店ならだれでも行けますので(予約や営業時間の確認はご自身でしてくださいね)、北海道旅の参考にしてみてください。
ちなみに一部以外は有料記事にしているので、この記事への投げ銭として購入していただけたらありがたいです。
茶路めん羊牧場直営レストラン「Cuore」|北海道白糠町
茶路めん羊牧場に隣接し、同牧場が経営するフォーム・レストランが「Cuore」です。茶路めん羊牧場の羊肉のほか、地元のチーズ工房「チーズ工房 白糠酪恵舎」のチーズや、帯広市や白糠町で育てられている平飼い卵、野菜や魚介類も地元の生産者のものを使っています。
この日は、特別に羊のみのコース。茶路めん羊牧場直営なので、羊肉はどれもおいしいのはもちろんなのですが、とにかく驚かされたのは、シェフの漆崎雄哉さんの基本的な料理の上手さ。同席していたシェフたちも「塩味が抜群」と舌をまくほどで、きっと味噌汁とか普通の料理もおいしく作っちゃうんだろうな、というような味つけに対する感性の鋭さを感じました。
味付けだけでなく、食材の組み合わせも秀逸で羊の脳みそにバナナを合わせたひと皿は、食べる前は「??」でしたけど、食べると食感とバナナの香りがとても良くあっていました。さらに8歳のマトンも味が強くておいしかったです。
居酒屋「創家」、デザートバー「ケ・セラ・セラヴィ!」(いぬき通り 北の屋台内)|北海道帯広市
北海道有数の都市、帯広市で食事をするとすれば、さまざまな選択肢があると思います。ジンギスカンなどにしてもいいですよね。
僕たちは、ちょこちょこはしごして楽しみたいと「いぬき通り 北の屋台」に出かけました。
8人も入れば満席になりそうな小さな屋台がひしめく屋台村には20のお店が肩を寄せ合っています。
まず最初に入ったのは、地元の魚介類が楽しめる「創家」。一番人気だというミノのポン酢和えや生タコの串焼き(おいしかった!)、東京ではめったに食べられなくなった大きなホッケなどを、十勝の海の幸を味わいました。
ひとしきり飲んだ後は、向かいにあるデザート&バーの「ケ・セラ・セラヴィ!」にはしご。屋台村にデザートとバーの店なんて珍しいですよね。パティシエの女性二人がお店に立っています。
パフェやクレープなどの皿盛りのデザートのほか、タパスなんかも用意されています。
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