アナーキーな食材の国産ラム肉を洗練されたフレンチの世界に放ってみた|meli melo × SHEEP FREAKS
「羊肉はアナーキーな食材といえるか?」と、今話題のchatGTPに聞いてみた。
それはごもっともな答えだ。デジタル大辞泉でも「アナーキー【anarchy】
[名・形動]無政府・無秩序な状態であること。また、そのさま。無統治状態。」とある。
食材には、食べる個々の人々や文化の価値観があり、さらにさまざまな法律や規制、科学的な情報などが関わってくるので、無秩序や無政府といった概念を適用することなど、ありえない。
AIも「バカげたことをいうな」といいたいところを、僕をおもんばかって必死に飲み込んでいるのだろう。
それんなことは、こっちも百も承知。それでも僕は国産の羊肉はアナーキーな食材ではないかと思っている。
たとえば、日本における家畜とは牛や豚、鶏であり、羊を含め馬や山羊、家禽類は「特養家畜」とされている。農林水産省のサイトをみると、毎年実施されている「畜産統計調査」では、牛や豚、鶏だけであり、羊を含む特養家畜は調査の対象外になっている。
また、国の保護対象外のため、新規就農の補助の範囲も少ない。羊肉の取引市場もなく、販路は羊飼い(羊生産者)自ら開拓していく必要があるなど、牛や豚、鶏に比べ、国から手厚い補助が受けることができない。
それがかえって自立・独立をうながし、ある種の個性的な(もしくは哲学的な)生産者を生み出す背景になっているのではないか。また、「顔が見える生産者」としてレストランから特別な食材として好まれる面にもなっているだろう。
meli melo × SHEEP FREAKS
2日限りのイベント
そういったアナーキーな食材である国産羊肉だからこそ、扱う料理人も個性的な人物が多いように感じる。なかでもSHEEP FREAKSは、その代表だろう。
麻布十番で予約の取れないジンギスカン専門店「羊SUNRISE」のオーナー関澤波留人さんと、東京・田町のラグジュアリーホテル「プルマン東京」の総料理長・福田浩二さんという、それぞれ立派な要職をもつ2人が、国産を中心にした羊肉の普及を目指して結成されたユニットがSHEEP FREAKSである。
そのSHEEP FREAKSのポップアップイベントが、3月28日と29日に東京・豊洲の「CITABRIA ANNEX」で行われた。
北海道・札幌のミシュランガイド一つ星フレンチ「meli melo(メリメロ)」のオーナーシェフ、佐藤大典さん(以下、ノリさん)を招いたコラボレーションイベントで、国産羊のほか、新しく輸入が開始したオーストラリア・タスマニア産などのラム(仔羊)肉を使ったコース料理が味わえるというものだ。
メリメロでは、普段は国内外を含めてラム肉を扱うことはほとんどない(メインの多くは和牛)。ホーム札幌でも味わえないラム肉コースを東京で体験できるのだから、それはそれは貴重なものである。
まずは、メリメロのスペシャリテやラム肉以外の料理を交えた、2日間限りのコース料理の全皿を紹介していく。
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アオリイカ
料理名に反して、キャビアがたっぷりとのったひと皿だが、食べてみるとアオリイカのねっとりとした食感にキャビアのほどよい塩味がまとわりつき咀嚼していくなかで甘味がはっきりと感じられるようになる。
さらにアオリイカにさっと和えたスダチの果汁と皮の酸と香りが、磯っぽさをさわやかに包み込む。料理名を「アオリイカ」としたノリさんの意図が食べると伝わってくる。
いわゆる「素材の良さを引き出す調理」というのがこれだ。
主素材を活かすために、要素を重ねていく考え方が多いフランス料理にあって、ノリさんの料理は素材を少なくしていく思考が強く、シンプルできれいな、日本料理のような仕立てをする。
じつは、ちょうど4年前の2019年4月に現在のカウンタースタイルに改装する直前のメリメロに取材に行ったことがある。その時のコースの全皿を紹介するというものだった。
当時のメリメロは、札幌にFoodieたちが通るフレンチがあると評判になっていた頃で、まだ30代だったノリさんは、若さと勢いにあふれ、エネルギッシュに日本国内を飛び回っていた。そういえば、初めて会ったのも福岡のイベントだった。
そんな情報から、陽気でポジティブ、失礼ながらも言わせてもらうと、今でいう「陽キャ」な人が作る料理が出てくると勝手に思い込んでいた。しかし、いざ取材をしてみると、食材を信じて大事にし、丁寧な仕事を積み重ねていく料理が出てきて、イメージとのギャップに驚いたものだ(勝手なことだが)。
「とにかくきれいなフランス料理」というのが、そのとき感じたノリさんの料理の印象だ。4年経ってもその感想は、まったく変わっていないことが最初のひと皿から伝わってきた。そして、超個人的なことであるが、そのことがとてもうれしかった。
ノリさんとはその前々日に会って話をしていたにも関わらず、「おひさしぶりです」という言葉を料理にむかって話しかけたくなる、そんな気持ちにさせられるひと皿。
もちろん、ノリさんの料理をはじめて食べる人にとっても「これが佐藤大典の料理です」という最初のあいさつに十分な料理でもある。
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赤貝と仔羊
(北海道せたな産ラム/小野めん羊牧場)
SHEEP FREAKSとコラボレーションした料理がさっそく2品目に登場する。
SHEEP FREAKSがシェフ・料理人とイベントをする際に、よく「魚介とラム肉の料理」が出てくる。これは、SHEEP FREAKS側からのお題としてシェフに依頼するものである。
フランス産の有名なラム肉に「アニョー・ド・プレサレ(塩の牧場の仔羊)」がある。ノルマンディ地方にある海辺の修道院で知られるモン=サン=ミシェル周辺の干潟で育った仔羊の肉のことで、海風にあたった塩辛い草を食べることから肉に塩味とミネラル感を感じられ、食味が良いとされている。
海の食材と山の食材を合わせることは珍しく感じる人もいるかもしれないが、アメリカではサーフアンドターフ(Surf & Turf)といって、肉料理に魚介を合わせる食文化もあり、決してタブーというわけではない。
ラム肉にとって相性がいい海産物由来のミネラル感や塩味を組み合わせて、ラム肉料理の新しい可能性を感じてもらうことは、SHEEP FREAKSが目指すところなのである。
そんなリクエストにノリさんが、見事特大ホームランで応えてくれたのがこの「赤貝と仔羊」だ。
「貝のなかで海の味がすごく強いも食材といったら、赤貝だと思うんです。独特な弾力のある食感と、ホヤのような海感の強い香り。これをラム肉のうま味に合わせていくイメージで作りました。僕は、ラム肉は、うま味という点では、豚肉や鶏肉のような強いものではないと感じています、浅くて弱いうま味といえばいいでしょうか。そのうま味にミネラルを合わせて、食べていただくという仕立てです」(ノリさん談)
実際に食べてみると、やわらかく火が入ったラム肉のスライスと赤貝の食感が似ているようでちょっと違う、おもしろいコントラストが生まれている。さらにハーブのミネラル感と塩味、酸味が赤貝のミネラル感と塩味のアクセントになって、2つの食材を見事につなぎとめている。
加えてフレッシュチーズのブッラータの中に入っている繊維状のモッツァレラチーズ「ストラチャテッラ」を合わせて、コクと深みで加わり、味わいとテクスチャーのバランスが精巧で安定したひと皿になっている。
「今回のコースのなかで、とっても気に入っているひと皿です」とノリさん。普段のメリメロのコースでは絶対に作らないようなひと皿ながら、きちんとメリメロらしい料理になっている。こういった偶然から生まれた新しく(発想として)新鮮な料理に出会えるのもイベントならではのことだろう。
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ANNEXサラダ
会場になったCITABRIA ANNEXのスペシャリテ。さまざまな野菜を、素材ごとに加熱調理したり、生のまま切り分けて盛り込んだ、サラダとは簡単に呼べない手の込んだ前菜である。
旬のグリーンアスパラガスだけは、炭火焼にしてグッと香りを立たせたのはノリさんのアイディアだ。熟成肉にあるようなナッツのような香りが見事に引き出されていた。
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山菜リゾット
(国産羊骨スープ・ミンチ)
リゾットは、羊骨をグツグツと煮出して白濁したスープに、うま味の補填で昆布を入れてとった羊骨出汁で米を炊き、山菜とアスパラガスの軸、羊乳チーズのペコリーノチーズを加えて和えてある。添えてあるのは、羊肉のミンチのハンバーグと、ふきのとうのフリットだ。
一部を除いては、農協で羊肉を取り扱いをしていない。冒頭にも書いたように、羊肉の取引市場もないため日本では、羊飼いと飲食店が直接取引をすることがほとんどである。
そのため、飲食店に1頭または、半頭の骨付きで入荷することになる。
するとどんなことが起きるか。ロースや肩ロース、モモといったジンギスカンなど焼いておいしく食べられるわらかい部位以外、首や足、スネといった焼くだけでは食べられない部位を捨てずに使いきることが必要になる(食材のロスを抑えるため)。
それらは、煮込むなど手をかけないとおいしくならない部位であるため、扱う側に商品開発力が必要になる。そうすると料理経験者が少ないジンギスカン店には、導入ハードルが高くなり、国産羊肉を扱いづらくしている要因にもなっている(たとえば国内のジンギスカンの肉のほとんどは輸入品である)。
この料理は、そうした流通事情を踏まえたなかでも羊肉を余すことなくおいしい料理にしようという、国産羊肉を扱う料理人たちの姿勢を感じとることができるひと皿といえるだろう。
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甘鯛
札幌・メリメロのスペシャリテを東京でも再現。京都産の甘鯛(グジ)をブリブリに焼き上げてある。ソースは、フランス料理らしい白ワインバターソース(ソース・ブールブラン)だ。
素材の良さをシンプルだけど繊細な火入れで、フランス料理らしい酸味とうま味のバランスがいいソースで食べる。これもノリさんらしい、きれいな料理である。
ラム肉コースでありながら、こういったメリメロらしい料理を挟むことで、かえって前後のラム肉料理のメリメロらしさを感じられるようになる。全体としてメリメロの料理とは何か(ノリさんの料理とは何か)ということも、伝わりやすくなる効果を与えている。
実際ノリさんも「全部の料理を羊、羊でいくよりも、魚のうま味を一度挟むことによって、また羊肉の美味しさを感じていただけるようなると思っています。コースの軸になるものと、その前後の流れというのはとても気をつけています」と話していた。
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ラムチョップ
(タスマニア産ラム/Lamb of TASMANIA)
炭火で丁寧に火を入れたタスマニア産ラムチョップに合わせたのは、トマトとブラックオリーブを刻んだコンディマン。フランスでも定番の組み合わせだ。
トマトとブラックオリーブのうま味と酸味が、繊細できれいなタスマニア産ラム肉のうま味と脂のテクスチャーに寄り添う。少ない食材だからこそ、味わいとストーリーに説得力のある組み合わせになると、満足度がとたんに高くなるから不思議だ。
付け合わせは、溶かしたたっぷりのバターのなかで火を入れた極太のホワイトアスパラガス。バターは、120℃くらいの温度になると焦げはじめる。ノリさんは、その一歩手前の114℃を目指して、シュワシュワと泡立つバターのなかでやさしく火を入れていく。
絹の薄衣のようにバターの優しい風味をまとったホワイトアスパラは、自身の水分とうま味をしっかり中に蓄え、繊細でエレガントに、ナイフが入ってくるのを待っていた。
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ナヴァラン・ダニョー
(北海道トマム産ラム/Tomamu SHEEP FARM)
ナヴァラン・ダニョーは、フランスの伝統的な羊肉と野菜の煮込み料理である。地中海沿岸で食べられている世界最小パスタ、クスクスが添えられている。
日本の羊は、さまざまな環境から羊独特の香りが海外産に比べて少ないといわれる。これを「クセがなくて物足りない」という人もいれば、食べやすくて万人受けすると好意的に捉える人もいる。
どちらが正解というわけでもなく、それよりも、個性に合わせて、料理人たちがどんな料理にしていくのかを楽しむのがいい。
そういった点では、ノリさんのナヴァラン・ダニョーは、たとえば和食の筑前煮のような野菜の滋味深い味わいを感じさせるホッとする仕上がりだった。
ノリさん本人も「日本の羊なので、スパイスを控えめにしてあっさりめに仕上げています。フランス人に食べさせたら、『これはナヴァランじゃない!』というかもしれませんが、このコースではこれの味がいいと思っています」と話す。コースの最後の食事代わりに出てくる料理として軽やかでほっこりなごむ、ノリさんらしいおもいやりを受け取ったように感じる料理だった。
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大葉
口直しの大葉の香りのソルベ。
ミルクとバジル
バジルの香りを移した牛乳で作ったアイスクリームがメインのデザート。
デザート2品は、シンプルな構成ながら、しっかりと素材の香りが伝わってくる、料理名と違わぬ香りと味わいだった。
SHEEP FREAKSになかった
「きれい」や「美しい」というキーワード
2021年10月にSHEEP FREAKSの結成初イベントに誘ってもらって以来、その活動を追い、注目してきた。2022年7月には、北海道の羊飼いをまわる料理人たちの旅にもついていったほどだ。
冒頭にも書いたが、国産羊肉はアナーキーだと思う。だからこそ、個性的でクセのある人々が周辺に集まり、アンダーグラウンドでオルタナティブな新しい料理のカルチャーが生まれてくる。僕は、その瞬間を楽しみに、ワクワクしながら国産羊肉を楽しそうに扱うSHEEP FREAKSを追いかけている。
その功績が称えられ(?)、光栄にもSHEEP FREAKS専属ライターの称号を拝命し、今回のイベントを取材することになった。
いくつかのイベントに参加したなかでSHEEP FREAKSは、今回メリメロとポップアップしたことで食材としての羊肉の可能性を「美しい」「きれい」な方向に拡張することに成功したと思っている。
ラム肉を使った料理が品数の半分を占めているのに、全体のコースを食べた食後感は、フランス料理の洗練された美しさのなかに組み込まれたことで、アンダーグラウンドでオルタナティブな食材とは違う、とても優等生な食材に国産羊肉が感じられた。
アナーキーな食材の国産羊肉を、食材を活かして洗練させていくモダン・フレンチの世界に放ってみたら、あらいやだ、おフランスな姿になって現れた。
ノリさんによって、SHEEP FREAKSはきれいで美しいこともできるということが証明された。しかも、しっかりとSHEEP FREAKSのやんちゃさは残っていたのは、関澤さんが「ノリさんとは同じように熱いパッションとノリを感じる」と言っていたように、3人に共通するある種のアナーキーさにあったからだと僕は勝手に分析している。
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