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観察と考察が、美意識を鍛える

あなたはどんな風に絵を鑑賞していますか?

モノに溢れた豊かな時代になったときに、自らの判断で評価していく必要が生まれる。そんなとき、アート鑑賞で養った美意識が必要になる。そんな「アート×ビジネス」をテーマにした企画も最近は多くなりました。

美意識を鍛える=評価基準を自分側に持つ」というのは、僕も本当に賛成で、美術鑑賞だけでなく飲食業界でも、情報に踊らされてスタンプラリーみたいにお店をまわるのではなく「味覚を鍛える=評価基準を自分側に持つ」ことが大切だな、と思っています。

じゃあ、美意識ってどう鍛えるのさ」となるわけですが、一応、20代から美術の雑誌の編集・執筆を続けている自分なりに、評価の基準だったり、絵画鑑賞を楽しむ(知的欲求を継続し続ける)方法があったりするので、そのことについて書いてみようかと思います。

美意識は観察から始まる

美意識は観察することで鍛えられます。

観察とは、ただ見ているだけでなく、ほかの絵と見比べることで、格段に得られる情報量が上がります。ですので、美術雑誌や画集、図録などの解説を読むのはもちろんなのですが、たとえば印象派の絵が好きでしたら、同じテーマ(風景画や人物画など)の絵を別々の画家で見比べたり、まったく違う時代の絵と見比べて観察する力を鍛えます。

実際にやってみましょう。印象派の画家ルノワールとフランス新古典主義の女性画家ヴィジェ・ルブランによる母と子供たちの絵です。2点の作品にはおよそ100年ほどの時間の開きがあります。ヴィジェ・ルブランの方が古く、フランス王国が国を治めていた絶対王政の時代。一方、ルノワールは、第二帝政期も崩壊し、民主主義国家になっていた時代です。

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《マリー・アントワネットと子供たち》
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン
1787年 ヴェルサイユ宮殿美術館


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《シャルパンティエ夫人と子供たち》
ピエール=オーギュスト・ルノワール 1878年 メトロポリタン美術館

まずは、どんなことでもいいので、2枚の絵で違うところを見つけます。

①ルノワールの絵には、犬がいるね。寝てて、リラックスしてる
②どちらの部屋にも絨毯が敷かれている
③マリー・アントワネット親子、やたら着飾ってない?
④ヴィジェ・ルブランの絵はやたらと空のベビーベッドが目立つな、あれ、ルノワールの絵も椅子があるな
⑤シャルパンティエ親子、こっち1人も見てないし
⑥どっちの家に住みたいかっていったらシャルパンティエ家だな

フランス史や美術史のことを知らなくても、そういった違いを見つけることはできると思います。そして、観察によって見つけた疑問を、自分なりに考察していきます。

その上でヒントになるのが描かれている人の属性です。なぜなら、西洋絵画の制作システムは、事前注文制です。つまり、先に絵の注文主がいて、その注文にそって画家は絵を描くのが一般的な方法なのです(画家に絵を描かせて、それを画廊で売るという販売委託システムは、画商が生まれる18世紀中頃以降のことです)。

そのことを理解したうえで、あなたがもし自分の絵を描いてもらうならどうするかを考えてみます。

「実際より美しく、若く、痩せて描いて欲しい!」

「せっかくの記念だからと、いつもとは違ったいい服を着たい!」

「自分のアイデンティティ(たとえば野球選手ならボールを持ったり)を表すようなものも描いて欲しい!」

なんていうリクエストもしちゃうかもしれません。さらに、その絵がずっと残るように、質の高い絵の具で描いてほしいし、額縁も豪華にしてほしい。子どもの七五三だったら、お金はいくらかけてもいい! なんていう祖父母さんのようなリクエストもあったと思います。

しっかり躾られた犬は高い文化性の象徴

そういった前提を理解した上で、たとえば①の犬を描いた意図を、実際に考えてみましょう。

これだけ大きな犬を変える家の大きさを示していたり、大人しくしていることから、きちんとお金をかけて調教していることが想像できます。シャルパンティエ家は、印刷業で急にお金持ちになった家(今でいうIT長者)。自分たちの知的な雰囲気を誇示するために、大人しい犬を描き込んだのかもしれません。

じゃあ、背景の孔雀の絵も気にならねぇ? これは、当時流行っていたアジア美術への造詣を示しています。イケてる絵を飾ることで、ハイセンスさを出そうとしているのです。

一方、マリー・アントワネット親子の絵には、背景は城内でしょうか、大仰しい飾りはほとんど見えません。そのかわり、「これから親子で舞踏会に行くのですか?」というくらい派手な衣装です。マリーのドレスは、光り輝いてみえます。ヴィジェ・ルブランは、「とにかくこのドレス、ドレスなのよ!」とでも言われたのでしょう。子どもたちも含め、半端なく着飾った4人を丁寧に描いています。

逆に、「この美しいドレスと描ききれるのは、ヴィジェ・ルブランしかいない!」と言われたかもしれません(そうだったらうれしいでしょうね!)。というような、注文主と画家の信頼関係も見えてくるようです(実際、ヴィジェ・ルブランはマリーのほぼ専属画家でした)。

アントワネット親子“5人”の肖像画

③の空のベビーベットは、制作年とWikipediaが教えてくれます。

Wikipediaは、歴史解釈などで参考にするのは難しいですが、出典が明記されている年代などの事実関係は、ある程度信頼できます。そこには、マリー・アントワネットは4人の子供を産んだとあります。それぞれの生没年と描かれた1787年当時の年齢をまとめると以下のようになります。

マリー・テレーズ・シャルロット(1778.12.19生- 1851.10.19没)女9歳
ルイ・ジョゼフ・グザヴィエ・フランソワ(1781.10.22生 - 1789.6.4没)男6歳
ルイ・シャルル (ルイ17世、1785.3.27生- 1795.6.8没)男2歳
ソフィー・エレーヌ・ベアトリクス(1786.7.29 - 1787.6.19)女0歳

ソフィー・エレーヌ・ベアトリクスがいないことに気づきます。つまり、この絵は3女の死後描かれていたもの。ベビーベッドには、生きていればソフィー・エレーヌ・ベアトリクスが眠っていたことでしょう。この絵は、そういった思い出や悲しみまでも描いた「親子5人の肖像画」であることがわかるのです。

こうして「不在のベッドや椅子には、そこのいるべき人を暗示させるメタファーがある」ことを学ぶことができました。これを応用して考えると、シャルパンティエ親子の奥の椅子は誰が座るべき椅子なのか。夫なのか、それとも別の人なのか。想像が膨らみますよね。

カメラにメディアの役目を奪われた絵画の生き残り方法

⑤のリラックスしたシャルパンティエ親子のポーズは、その時代の文化を知るとすこしイメージがわきます。当時は写真が流行していた時代。正確な肖像記録は、写真の方が優れていることが多くの人に認知されていました。

一方で、カメラの前でじっとしていなくてはいけない。現代でも、写真館などで写真を撮ることになったら、じっと固まってよそ行きに撮ってしまいますよね。写真じゃなく絵で描いてもらうなら、リラックスして、仲の良い家族って感じで描いてもらいたいなぁ、とシャルパンティエがリクエストした、というストーリーは大いに考えられると思いませんか?

こんな感じで、絵画を観察して違いを見つけ、その違いについて考察することは、絵画鑑賞に面白さを与え、別の絵も見てみたい!となります(と自分で思ってます!)。それは、そのまま鑑賞を続けるモチベーションにもつながるんじゃないでしょうか。

描かれた時代背景の解像度を上げてから観察すること

ここでもう一つ、意識してみるといいのは、絵が描かれた状況(誰が、何のために、いつ描いたのかなど)の情報が多ければ多いほど、解像度が高まり臨場感も増すので、観察した絵についてより深い考察ができます。

つまり、美意識だったり、絵画鑑賞の質を上げるためには、観察とともに歴史背景や同時代の社会や文化を学ぶこともメチャクチャ重要だということです。

この観察と考察の質を高めるための学びは、じつは他の分野でも応用できます。

たとえば僕の場合、味覚を鍛えるトレーニングでも使っています。食べる料理のルーツや時代背景を知ること、そして以前食べた別の料理との味や食感の差を読み取っていくこととで、観察と考察の質を高める、味覚から得られる情報の質をあげているのです。

絵画に興味があるんだけど、どうやって観ればいいのかわからないという方、観察と学びを2020年の目標にしてみてはいかがでしょうか。


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