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絵を仕事にしたいと思った自分を振り返ってみた

いつか自分の書いた作品を販売したい!そう思っている。その作品を販売するにあたって大事なことを教えてもらった。

それは、

作品販売=ファンづくり

だということ。

これは自分で商売をしていく中で忘れちゃいけない大切なこと。

ついつい、上手くなれば誰かが見てくれる、買ってくれると思いがち。
私は今絵を始めたばかりだから、上手くなったらいいんだ!と楽観的に考えているところがあるけれど、それは違うみたい。描き始めの今にこのことを知れてよかった。

確かに、いきなり知らない人から「私の絵を買ってください!〇円です!」と言われても買わないよね。

その人がどういう思いで絵を描いているのかどれくらい好きなのか、どんなこだわりがあるのか、何を表現しようとしているのか。こういった思いなど、その人の背景が分かれば、その人の作品が身近に感じられる。そこからファンになって、作品がほしいと思ってもらえる。

そこで「絵を上手に描く」「作品販売」はいったん置いて、自分の絵に対する思いを振り返りながら書いてみることにした。

まずは、なんで絵なのか。今の世の中は情報にあふれていて、絵というものを選ばなくてもいい。ほかにもたくさんある中で、なんで私は絵を描いていこうと決めたのか。

子どものころを振り返ると、私は絵を描くことがすきだった。何か見て絵を描いて、自分の感じている世界を絵に書いて、自由に色で自分の世界を表現することが好きだった。

幼稚園の時に書いたかたつむりの絵を、めったに褒めることのない、絵が上手な父に褒められたのが嬉しかった。

小学生のころは”ポムポムプリン”が好きだった。可愛い絵が描いてある文房具を集めるのが大好きな女の子だった。可愛いもの集めて愛で幸せを感じていた。

だけど、小学生、中学生になり美術の時間にこれを書きましょう。こう書きましょう。そう言われて描くのがすごく嫌だった。このころから上手く描けない、アイディアのない自分を恥ずかしく思い、人と比べてだんだん絵を描かなくなっていった。私の中で「自由に表現する」というのが失われてしまった。

絵の仕事で食べていけるなんてほんの少しの才能がある人だけ。親も世間もそういう人が多ったし、私もそう思っていた。絵が上手くなっても将来何にもなれない。その思いが私の希望をなくしてしまった。堅実に普通に生きるのが一番。私なんて特に秀でた個性もないし才能もない。絵もうまくない。そう思った。絵を仕事にしてみたい。その思いに蓋をしてみえないようにして、努力もせずに忘れてしまっていた。

蓋をしていた小さな夢は思い出すこともせず、高校にあがり、大学は絵となんの関係もない管理栄養士の資格がとれる管理栄養学科に進んだ。特にやりたいことがなかった私は、自分ができそうな範囲で少し興味のある食のこと、そして国家資格がとれると将来安心かもしれないという理由でそこを選んだ。

実際大学に進んで、化学や数学が大の苦手だった私には管理栄養学科という理系の学科はかなり勉強するのが大変だった。科学の実験も意味が分からなかったし細かい作業が苦手だったこともあり、何回も失敗してやりなおした。大変だったけど、大学はそれなりに楽しかったし、食のことを学べたのは私には意味のある時間だった。

大学3年になって就職活動をするにあたって、国家資格というものはただの資格に過ぎないと衝撃を受けた。管理栄養士としての仕事の少なさ、給料の安さ。あれっ?管理栄養士の試験、結構難しい国家資格なのに、一般事務職と同じか少なくないぐらいだ。そう絶望したのを覚えている。

大学に入るとき、なんとなくで入らずに、卒業してとれた資格がある先にはどんな職業があって、どれくらい給料がもらえるのかを知っておけばよかった。自分の子どもにはちゃんと伝えよう。

そう思いながら地元広島で就職活動をして調剤薬局の管理栄養士として就職が決まった。国家試験も勉強したかいがあり無事合格した。就職先は厳しくて心が何度も折れかけたけど、なんとか生きてきた。11年務めて、ある程度仕事も覚え、休みもとりやすい会社で居心地がよかった。

就職してから旅行にはまり、国内外を旅行して楽しく充実した社会人生活を送った。絵のことなんかすっかり忘れて、手帳に食べたごはんとか、りんごとか簡単で誰でも描けるイラストを描く程度。

絵を仕事にしたいなと思っていたなんて微塵も思い出さなかった。絵を描きたい、上手になりたいとも思わなかった。

私の生活から絵という夢は消えていたが、絵を見ることはずっと好きだった。好きな絵本展やイラスト展には足を運んでいたし、美術館という空間も好きだった。アートという作品を見るのも好き。直島が好き。イラストエッセイを見るもの癒しの時間だった。

27歳の時に結婚して、32歳の時に出産して今は3歳の息子の母親をしている。(子どもが4年できなくてつらかった暗黒時代のことはまたの機会に)子育てをしているうちに、自分というものを大切にすることが、子育てをする中で重要だと思い、もう一度自分を見つめなおした。

その中で私のヒントになった本。ジュリアキャメロンの有名な著書「いくつなってもずっとやりたかったことを、やりなさい。」この本のいいところは「いくつになっても」がついているところ。内容は、定年退職したあとの時間に自分の本当にやりたかったことをやってみようというもの。だけど、どの年齢でもヒントはある本だと私は思う。この本を読んでワークをしてくうちに、私は絵を描いてみたかったんだ!ということを思い出しました。

思い出して絵を描いてはみたものの、10年ぶりに描く絵はお世辞にも上手いとは言えない。そりゃそうだ。もともと上手くもないのに書いていなくて上手くなるわけがない。

今から絵を描いたところで何になる?こんな下手な絵を誰がみたいと思ってくれるんだろう。やってみたいという思いがあるものの、やらない理由探しが始まり、早速くじける。一人の時とは違い子育て中は本当に時間がない。日常を過ごしていたら、あっという間に時間が過ぎていってしまう。そんなこんなで1年うじうじしていた。だけど息子が3歳になり、好きに自由に絵を描いたり表現している様子をみて、やっぱり私は絵をやってみたいんだ!やろう!と決めました。

子どもにはやりたいと思ったことを、たくさんやって失敗して成長してほしい。自由に生きてほしい。と思っているのに、母である私が全くそれをしていないなんて。一番身近な大人がそれじゃいかん!と思い私も一歩踏み出します。36歳1児の子持ちがどこまでできるかのチャレンジです。

どんな絵を描いていきたい。絵に対する思いはまた改めて書きますね。




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