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彼の心は海のように広い

 ドラえもんが金曜夜7時の放送でなくなってから、金曜の夜に違和感を抱えながら過ごしていた。時とともにやっと、ドラえもんの放送時間は土曜日の夕方5時だと脳細胞に定着した頃、久々にドラえもんを見た。おもしろかった。
 しかし、物凄く気になったことがある。
 スネ夫がのび太に放った言葉だ。

『のび太のくせに!』

 その言霊は、私の胸を鋭利な刃物で突き刺さし、抉るような衝撃を与えた。どうしても他人事ではすまされなかったのだ。
 なんだろうこの言霊の破壊力。
 もしも私がのび太の身内だったのなら、スネ夫の前髪をグシャグシャに乱れさせ、
 
「くせにとか言うやつ、お前のほうがスネ夫のくせに!」
 
 と叫ぶことだろう。
 バカだとかアホだとか、そんな暴言よりも破壊力のある言葉。相手を再起不能にしてしまうチート的な暴言。
 
『○○のくせに!』
 
 それはトイレにて汚物を汚物だから流しますと言っているようなもの。言われた相手はどれだけ傷つくだろうか。その言葉を聞く度、不愉快に思う。なのにのび太は私が見る限り、一度もその暴言に対して反応することはなかった。のび太のくせにと言われたのび太は、のび太だからかいつもスルーするのだ。なんという心の広さだろう。彼の心は海のように広い。
 私がのび太だったなら、間違いなく『お前だってスネ夫のくせに!』と言い返しているはずだ。なのにのび太ときたら、そんな暴言は聞こえなかったかのように物語を進めていくじゃないか。なぜだ。のび太だからか? 襟瀬としては許さないよその暴言!! 貴方はスルーしたけど、私は大人のようにはスルーできない。だってそうでしょ? 貴方はスネ夫にバカにされているの。『のび太のくせに!』って。
 たった7文字の言霊。その破壊力。しっかりと受け止めてその意味を考え、深く味わってほしい。その言霊を味わえば味わうほど号泣せずにはいられないはずだ。
 
 その後の物語は半分しか入って来なかった。
『◯◯のくせに!』が、もしも大切な身内や仲間に向けられたら、どんな仕返しをしてやろうかと妄想が膨らんでしまったからだ。ハンムラビ法典に従いそれ相応の復讐をしなければと黒い私は思ってしまった。その言霊を投げかけられることにより、相手がどれだけ傷つくのか、是非スネ夫には骨身に染みて分かって貰いたい。
『のび太のくせに! 』の暴言を浴びせられたのび太は、仕返しの為にドラえもんに道具を出してもらうこともしなかった。
『君だってスネ夫のくせに! 』とも言い返さない。出来すぎた小5だと感心する。

 のび太にとってそれは、日常にある仲間とのコミュニケーションの一環なのかもしれない。それぐらいの暴言は流せるほどに、彼らの関係性は深いものなのだろう。
 私はのび太を尊敬すると同時に、仕返しを妄想した自分を恥じた。
 この年になり、ドラえもんというアニメの奥深さを感じられたのだ。
 のび太の優しさと心の広さに癒され、勉強させられた土曜夕方5時だった。
 

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