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デンマークへの長い旅、はじまりの物語

「あんた、仕事は大丈夫。あとねぇ…海外行くわよ。海外!!」

大学4年生の春。
就職する前にいっちょ運勢でも占おうと、横浜中華街の雑踏の中にこぢんまりと佇む手相占い所に親友と行った時に言われた言葉だ。

期待で胸をいっぱいに膨らませた新社会人に、気さくな占い師さんは恋の話から健康の話までたくさん喋ってくれたのに、そんな話は今やひとつも覚えていない。私の脳裏に数年経っても強く焼き付いているのは、雑に言い切られた「仕事は大丈夫」と、力強く言い切られた「海外行くわよ」のたったのふたつの言葉。

そう、「海外行くわよ。海外!!」

当時、英語なんて大嫌いだった私からすると信じられない占いの結果だった。ありえないと思いつつも、数年間なんとなく心に引っかかっていた言葉が、胸の奥にスッと溶けて消えてくれたのはつい最近のこと。

* * *

新卒で運良く大手企業に入れた私は色んな失敗をしながらも、おおよそ順調に仕事をこなしていて、20代前半の頃に感じていた「自分はまだ何者でもない」不安や期待に苛まれるようなこともない、安定した自分の立ち位置を感じられるくらいにはなっていた。

働く環境も安定していて、3年、5年後の自分の将来像もなんとなく見える。それはとても幸せなことだと、痛いほど分かっていて。

分かっているんだけど…

「あれ?」って

思ってしまったのだ。


私の可能性の選択肢って、今想像できてる5年後の姿だけなの?と。

当時30歳になったばかりの私は、20代後半の婚活の波で見えないプレッシャーをぎゅうぎゅうに押し付けられて、働く女が日本社会で味わう生きづらさのフルコースも一通り味わい尽くして、ホットプレスサンドみたいに色んなものが窮屈に自分の中に押し込められていた。

そんな反動もあったのか
「私の人生、まだ誰にも決められたくないし、決めたくない!!!!!」
と、急に自分の人生の舵を切り直したい欲望が湧き上がってきた。

でも、当時の私の頭で考えられうる選択肢は悲しいほどに現実的なものばかり。

いつだか、こんな話を聞いたことがある。
蚤をガラスのコップに入れて蓋をすると、やがてコップの高さまでしか飛べなくなるらしい。体長2mmの彼らは本当は30cmものジャンプ力を持つというのに。

自分のチカラや可能性をまだ決められたくないと思っていた私は、知らないうちに綺麗なガラスのコップの中で飛び続けていたのだ。


そんな時ふと、あの言葉がよぎった。

「海外行くわよ。海外!!」

今まですこしもピンと来なかったというのに、その瞬間は「あぁ、海外っていう選択肢があるのか」と妙に納得した。想像もできない環境で、私のことを誰も知らない場所で、自分は一体何を想うのだろう?と興味が湧いた。

その頃には会社を辞めることも決めていて、元々携わっていたアートにまつわることをやりたいと思っていた。でも、何をやるべきなのか実はずっと決めきれていなかったのも事実。

そんな中、突如浮かび上がった海外という選択肢は、驚くほどに私の中でピタリとはまった。

私はアートやデザインが人々の生活に溶け込んだ生活は豊かだと信じていて、その豊かさがとても好きだし、そういったものを作っていく仕事をしていきたいと思っていた。アートやデザインが日々の暮らしに馴染んでいるヨーロッパの生活をこの目で見て、自分なりに咀嚼する機会はとても魅力的に思えたのだ。


そんな話を多分、焼き鳥屋でしていたのだと思う。すると友人のひとりが「もし行くならデンマーク、いいんじゃない?」と、ぽつりとつぶやいた。

友人いわく、社会制度が整っている幸福度ランキング1位のこの国は、生き方や価値観も違うんじゃないかと。…日本で女性が感じる生きづらさも含めて。そして何を隠そうデンマークはインテリア・建築デザイン大国だ。

デンマーク、いいな。
なんとなくそう思った。

よく知らない国だったし、他の国のこともちゃんと調べたわけじゃないけれど、その瞬間からなぜだか私の心はデンマークに向かい始めた。

その後も色んな人に助言をもらいながら2020年の夏、デンマークという土地に学生として中期移住することを決めた。

誰かの言葉に助け舟をもらいながら、自分の直感にしたがって始めたデンマークへの長い、ながい旅。今このnoteを書いている2021年1月時点、旅はもう終盤に差し掛かっている。

これが終わった時に自分は何を失い、何を手にしているのかはまだわからない。けれど、3年、5年後の姿を全く想像できない私には、なってきているかもしれない。不思議なことに、そんな状況に少し安心している自分がいる。

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吉田恵理/編集者
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