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軽率に、なりたいものが多すぎる。


 スーパーに行って、欲しかったものが値引きされていたら迷わず買う。やった、ラッキー。
レシートを見返すと、値引き額は百円にとどかないことがほとんど。でも、それでいいのだ。



塵が積もれば山となる。数十円でもお得に買い物できたんだから。ちりつも、ちりつもと思う。


ちりが つもれば やまとなる。


塵が山になるんだ、と山が造られていくところを想像したら「わたしも山つくりてぇ〜〜〜」という気持ちが生まれた。


だって、塵が。あの塵がですよ!?少しずつでも積んでいけば、山になっちゃうんだから!!すごすぎる。


わたしは定期的に何かに憧れ、軽率に「なりて〜!」と思っている。だったら努力しなさいよ、というところなのだが、人間、というかわたしは、努力よりも「なりて〜!」という軽率で上っ面のものばかりが先行してしまう。


 3月に書いたものでも「文章で大谷翔平みたいになりて〜〜〜」と言っていた。家族にとっての大谷翔平になりたいとも。


今は8月。
これがなんと!
当たり前に!
なれていない!!


口ばっかりなのだから、しょうがない。
誰かをハッとさせる文章を書きたいのに、書けない。どうしたらいいのかも分からない。
最近はモチベーションが下がっていて、noteをやめて何もかも諦めて、就職活動をしたほうがいいかもな、なんて気持ちがある。



あ〜〜書くことがうまくなりたい。
思いがそのまま文章にあらわれるようにしたいのに。上品だけれど、壁がないもの。ハッとさせるものを書きたいのに。


ちりつも、ちりつも。


地道に書いていかないと、うまくならない。
そうなんだよね。去年からずっと思っている。みんな何かを始めることはできるけど、継続できている人は少ないこと。継続は難しいからこそ、できている人が一握りの突出した人になれるということ。
分かっていても、ほんっとうに、継続することが一番難しい。




 

 歌川広重みたいになりて〜〜〜!!!



そう。
今のわたしが軽率になりたいと思っている人は、歌川広重である。

なぜそう思ったのか。

それは少し前に浮世絵関連の美術館に行き、グッズを見ていたときのこと。
「亀戸梅屋舗」のポストカードを見て、他のものとは違うと思ったのだ。
木の幹の構図も、色合いも。他とは違う。これはすごい。本能がそう言っている感じがした。


ゴッホが模写したとして有名な「大はしあたけの夕立」もすごい。一目で雨かぁ、って伝わるのってすごくないですか?(興奮)
わたしも、一度読んだだけでするんと伝わるものを書けるようになりたい。


かわいさで興奮したのは「浅草田甫酉の町詣」。
猫ちゃんがかわいいのだ。
昔から猫はいたんだな。昔から猫はかわいいんだな。
猫!って座り方をして外を見ているのが、これまた猫!って感じだな。
当たり前のことを思い、ウンウンと納得した。


 葛飾北斎のように、富士!!!というパッと見たときのインパクトはないかもしれない。
けれど、歌川広重にはある。
計算された構成と細かいところまで描く丁寧さ。それらを見る力。上品さが漂う画風。(全てわたしが思ったことなので、違うよ!よく見ろにわかが、と思われるかもしれませんがご了承ください)



実際あったことを、人がハッとするように伝えること。伝えたいことを的確に、一発で伝えること。
かわいいものを、かわいいままに伝えること。



どれもが憧れてしまうものばかりで、わたしはまた軽率に考えてしまうのである。



あーあ、歌川広重みたいになりて〜〜〜。




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