55日間外出禁止中、シェフの夫は何を作っていたか。 〜4月1日オレンジ風味のカレー
ロックダウンから2週間たったこの頃から、少しずつ日常のリズムをつかみ始めた。朝8時に起きてウォーキングに出て、ついでに買い物をすまし、お昼ごはんを食べて、しばらく自由時間、夕方6時になったらヨガをして、終わったらビールを飲みながら食事の仕度を(夫が)して、夕ごはんを食べて、深夜0時前には寝てしまう。こんな規則正しい生活は、小学生以来かもしれない。
夫が家にいる生活にも慣れてきた。仕事の関係でほとんど家にいなかった夫が、朝から晩まで24時間いる。最初は不思議な感じだったが、すぐに慣れたし、一緒にいる穏やかな時間は心地よかった。うちのオカメインコ2羽も最初は「このおじさん、休日にいるひとだ」とお客さん扱いだったところが、だんだん慣れてきて、よそよそしさが無くなってきた。2人と2羽の新しい日常が生まれたようだ。
夫は朝から、容赦なく肉を焼いたり煮たりする。この日も、たしか朝の9時くらいから牛肉と牛タンを煮ていて、「うちには牛も鶏も鴨もあるよ!」と、とてもうれしそうだった。料理をするのが本当に好きなのだ。わたし自身は必要最低限の料理しかしない。食べる必要があるから、料理をする。夫にとっての料理は、仕事であり、家事であり、同時に趣味でもあるようだ。問題は、わたしがデスクに向かっている間、始終いい匂いが漂ってきて集中力が途切れることだったが、同時に幸福感も湧いてくるので良しとした。
いつも夕方近くになると、「きょうの夜、なに食べようね?」と話しかけるのだが、この日はその必要がなかった。夕ごはんがカレーであることを知っていたからだ。昨日の午後に漂ってきたスパイシーな香りが、動かぬ証拠。多くの日本人がそうであるように、わが家でもカレーはスペシャルなメニューである。朝から煮ていた牛肉、牛タンが加わったボリューミーなカレーを目の前にして、わたしは勢いをつけてがっついた。
食べてみると、いつもと少し違う。洋食らしいカレーなのだけど、スパイスは控えめでサラッと洒落た味わい。もちろん、とても美味しい。たずねると、初めて働いた名古屋のフランス料理店で出していたレシピなのだという。たまねぎを炒め、途中でしょうがとにんにくを加えて3時間ほどじっくり炒め続ける。トマトペーストまたはピュレ、カレー粉を加えて火にかけて香りを出し、オレンジの皮とオレンジジュースを入れ、火にかけたらペーストができる。ペーストは1日寝かせて、そこにブイヨンと具材の野菜や肉を加えれば完成。
夫が修行時代のはじめに覚えたカレーは、オレンジの香りが印象的で、サラッと上品。すこしオレンジっぽい香りのする、トルソー種の軽めのワインを合わせた。ほとんど休み無くひたすら仕込みをした毎日、このカレーがどれだけ常連さんに人気があったか、その店で作っていたブイヨンを始めとする仕事の丁寧さ、シェフの仕事に対する厳しさなど、いろんな思い出話を聞きながら、カレーを平らげた。もちろん、途中でしっかりおかわりをした。夫の思い出カレーの味を知った夜、外出禁止期間も悪いことばっかりじゃないな、と思いながら、満腹のまま眠りについた。
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