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わたしの今年の一字 「光」 〜人の可能性を信じて歩んだ2023年

あっという間に年の瀬。早いものです。
今年も世界では様々な変化がありましたね。
胸を痛めるようなニュースも多く、国政の闇を浮き彫りにしたり、景気の悪化が与える人々の悲痛な声があちこちから聞こえてきたり。
時代に暗い影を落としていると実感することが多くあります。

私個人に関しては、昨年再起できてからは、今年の5月にコロナの5類もあり、コロナ以降会っていなかった知人や友人と対面で会って、話す機会に恵まれました。


今年一番嬉しかったこと

今年の3月と5月に、中学時代の同級生4人に会ってきました。
最後に会ったのは、コロナ前の忘年会だったと記憶しています。

そこで、2人の友人から10年以上の時間はかかったけれど、ようやく自分が本当にやりたかった仕事ができるようになったという報告でした。

桜咲く。地元の桜の木です。

紆余曲折あったけれど「今、私は幸せだよ」という本心を語ってくれる友人の笑顔を見ることができて、私も喜びと安堵の合わさった感情がぐっと込み上げてきました。

自分のことよりも遥かに嬉しい気持ちが生まれた瞬間でした。
そして、1日中、思い出話に花を咲かせたり、他愛ない話をしながら、よく話し、よく笑いました。

「こんなに笑ったの、大人になってからは初めてかも!」と一人の友人が言っていた言葉が今でも鮮明に蘇ります。同郷の友人たち、歩む道は違えど、こうして大人になっても繋がりを持っていられることの幸せを噛み締めました。

友人からお手紙をもらって

そもそもの集まるきっかけとなったことは、1人の友人が関東圏を離れて引っ越すことになったからでした。なんとなく物理的な距離が離れてしまうと、会う機会が減ったりしてしまう気がしたので、3月にあった時にお手紙を渡しました。

5月に会った時にその友人がお返事を書いてくれまして。
私の絵を見るのが好きなことや、これからもちょっとした作品(年賀状が毎年プチ作品だったり)でも見たいといってくれたことが、すごく嬉しくて。

昔から彼女は描写する力も色や形のセンスも飛び抜けていました。(私も彼女の描く作品が、とても好きで)そんな彼女に自分の作品を好きだと言ってもらえたことで、自分の作品をもっと作りたい!と明確な想いになりました。来年はお仕事以外の制作も頑張ります!

本音で語り合える友人と

そしてお盆は、大学時代の友人たちと一緒にゲームをしたり、盆踊りを見にいきました。社会人になってからはお祭りや盆踊りなどに行く機会もめっきり減りまして、何年ぶりかの参加です(笑)

赤い提灯の灯り、太鼓の音色、人々の活気と熱気が、とても新鮮でした。
今でもあの日の光景が目に焼き付いています。

友人たちと行った神田明神での盆踊り

一緒に牛丼を食べて、沢山ゲームをして、お祭りにいって、屋台飯を食べて。こうした日常の中のちょっとした非日常のイベントを心許せる人たちと過ごせることは、至福の時だと改めて感じました。

彼らは、私のめちゃくちゃダサいところも、へっぽこなところも理解を示してくれたり、本当に自分が辛い時にいてくれた仲間でもあります。感謝の気持ちしかありません。全然至らないかもしれないけれど、これからも大事にしたい方々です。

当日は日曜日ということもあり、都舎(父の造語「となか」」:都会と田舎の間って意味らしく。笑)に帰ることもあり、21:00前に東京23区を出るという…。あー、もっと一緒にいたかったなぁと帰りの電車でぽつりと思ってしまう、まるで花火のような1日でした。

後日談:この日は大笑いしすぎて、頬骨あたりが筋肉痛になりました。笑

父と過ごす時間を愉しんで

昨年末、父がお風呂上がりに倒れました。よく考えればもう70歳。
呼吸が止まり白く冷たくなっていく父を目の前にして、パニックと恐怖が私を襲いました。本当に家族を失ってしまうかもしれない怖さは、二度と経験したくない体験です…。

年の瀬にも関わらず、救急隊員の方がすぐに来てくれて、父も意識を取り戻し、無事事なきを得ました。ありがとうございました。

父の着替えを手伝って、部屋を温めて、ベットに寝かせて。
その後は一睡もできませんでした。パニックで興奮冷めあらぬ状態が続いたからなのか、また息が止まったら…と心配だったからなのか
30も過ぎて初めて、父のことを私はよく知らないのかもしれないと感じました。

昔は正直、父のことが苦手で、とても「好き」とは言えない状態でした。
家族が緊急手術する日に友達とゴルフの約束を先にしたからとゴルフに行ってしまったり、口数あまり多くないのに突然心無い言葉を家族に言うというのが昔の私が抱く父のイメージです。

今まであまり父との良い思い出もない。けれど、自分が社会人になって視野が広がり、父への見方が変わっていった部分も多くあります。

こういう心の色ってある気がする。
移り変わっていく淡いグラデーションな感情。

逆に、この30数年の中で、父が変わったなぁと感じることも。
最近は「ありがとう」や「ごめん」という言葉や人を気遣う言葉を、父の口から聞くようになりました。

昔は「(そんなのお前が)やって当然!」とか「なんで謝らないといけないの?悪いのはお前じゃん。」とか、家でも仕事先でも交通違反して捕まった時の警察官さんにすら言っているのを聞いたことがありますが…(汗)

なので、初めの頃は「だからゲリラ豪雨などの異常気象が多発するのか…」と思い込みそうになったくらい。予想外の出来事が起きると雨が降るとは言うものの…。

だからこそ、私も今の父にしっかりと向き合い、一緒に過ごす時間を愉しんでいたいと思いました。正直、未だに傷つく言葉はいくらでも言われますが、楽しい話も真面目な話でもちゃんと対話ができるようになってきたことはここ1年程の大きな変化です。

私は極度の運動音痴なので、スポーツ観戦には全く興味がなかったのですが、父の影響もあり、今は大相撲やゴルフを観戦します。そして、スポーツ観戦の中から学んだことがあります。

大相撲の「一日一番(いちにち・いちばん)」という言葉。

大相撲で、力士はよく「一日一番」と言う。
目の前の取組に集中するという意味だ。

朝日新聞デジタル『「まずは残留」千代大龍の星勘定 番付社会で執念の取組』より

この言葉は、人生において大事なことだと思います。
大きな夢を描いて語っても、今日この1日を無碍にしてしまうようでは、叶う夢も叶わないかもしれません。辛い・怖い・逃げたい、そんな高い壁にもちゃんと向き合って、一日一番という気持ちで取り組む。

地味だけれど、きっとそうした目の前のことを疎かにしない、どんなに上に行っても手を抜かない、謙虚な気持ちの積み重ねが大きな夢を叶えてくれるのかもしれないと、今年はそんなことを実感していました。

総括

ここで冒頭の「今年一番嬉しかったこと」の内容に回帰するのですが、長年の夢を叶えた友人たちも、きっと人に見えない努力や葛藤を乗り越えてきたのだと推察します。

スポーツ観戦をしていても、1つのことを長く続けるということは、大変なことなのだと改めて思います。自分がどんなに好きでも、どんなに得意でも、必ず困難や試練が訪れる。小さなものから大きなものまで。

試行錯誤しながらそれを乗り越えるのか、それとも「今」それを辞める時なのか。はたまた、10年20年越しで再開・再起した時に花が咲くのか。
人生とは本当にわからないものです。

自分がどんなに緻密な計画を立てても叶わないこともあれば、なんとなく勢いで始めたことがピッタリとハマって想像以上に上手く行ってしまったり。
上手く行ったと思って安堵していると、とんでもない事態に陥ったり。

そもそも、そんな不確実な未来に向かって頑張れという方が、やや無茶を言っているような気もします。だからこそ、ある意味、常軌を逸した情熱や執念を持てる「何か」に打ち込む価値はあるのではないでしょうか。そういう感情を持てないと、皆が諦めるような壁を乗り越えることは不可能なので。

もし仮に、その「何か」を一度断念してしまっても、そこで最大限苦しくても足掻いた人は、他の領域や取り組む時期を変えても、やっぱり強いような気もします。(私個人の感覚ではありますが)

そんなことを感じた1年でした。

人生というマラソンは、いつも快晴とは行かず。

「光」という一字の意味

冒頭にも書いた通り、世界に視野を広げてると、今年は全世界のあちらこちらに大きな陰を落とすような1年だったようにも思います。日々のニュースに胸が痛くなりました。決して他人事ではなく、私たち一人一人も今その渦中にいると理解せざる得ない。

人間の後ろ暗い部分もたくさん見たような気になりました。
コロナは病気としてのウイルスを蔓延させただけでなく、これまでの人の平和的で道徳的な心の在り方を変えてしまったのかもしれません。
根源的に1動物として、他を犠牲にしてでも自分が生き残っていくことを考えれば、ごく自然なことかもしれませんが、人々の心の余白をコロナが奪ったことが原因なのではないか、と。

けれど、人が同時に「希望」でもあるということを私は強く信じたい。
本当に自分が辛い時に手を差し伸べてくれた方々が私の救いになったから。
私は今年コロナが明けて、久々に友人や知人と再会したり、日常的に会話をしてしたり、人との交流の中で救われて前進できたから。

もしかすると…彼らも本当は余裕もなくて、疲れてしんどくて辛い時だったかもしれないけれど、私と会う時間を作ってくれた。そのことに感謝をしながら、私もできるだけ大事な人たちや自分に関わる人たちの力になりたいと思う。

こんな時だからこそ、今感じた「希望」を「光」という一字に託したいと思います。2024年、きっと皆さまにとって素敵な1年となりますように。

夜明けの直前は常に最も暗い。明けない夜はない。

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