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01. 尿もれに戸惑う50才女性

最初に
「中医学タメシテミル」の最初の相談者は、Aさんです。
Aさん、ご自分の体調を正直に書いてご相談いただき、ありがとうございました。しんまいの中医薬膳師ですが、中医学の考え方と雰囲気にふれていただくために、仮説だらけですが自分なりに解釈・説明させていただきます!
今回盛りだくさんとなり、長文ですみません。

今回のご相談

基本データ

女性 50歳 Aさん 
体格:上半身痩せ型・下半身ガッチリ型。
また「体格ではありませんが、内湿タイプといわれたことがあります。なので梅雨時や低気圧のときはダブルで不調になります。」とのこと。

最も気になる症状

尿もれ:半年くらい前から尿もれを体験。ひどくなるのは:キッチンでの作業中(水が流れている時)。症状が緩和されるのは:座っている時、横たわっている時、動いている時。

他に気になる症状

多汗症:日中、少し動いただけで汗をたくさんかく。汗をかいたあと、ゾク
ッとする・疲れる。(全身あせをかきやすい。手足は特に)寝汗はない。
汗の質はベトベトしている。汗が乾くと洋服が黄色くシミができる。
腸の不調:腸が敏感なので、毎日プロバイオティクスのサプリや食後の消化吸収を助けるナットウキナーゼ系のサプリやビオフェルミン錠剤を取ってまいる。でないと下痢することが多い。

それ以外の症状

冷え性:クーラーに弱い。全身の冷え、とくに脚や足の冷えが気になる。
頭痛:曇りの日や雨の日に悪化する。側頭部の頭痛。
風邪:寒気から始まる風をよく引く。季節の変わり目に風邪をひく。
こり:ひどいこり(肩・首・腰)
月経関連:閉経前の予兆あり。
その他:めまい・頭痛は時々。時々目が疲れる・充血。血圧は低め。貧血気味。むくみが少し。腹が張る。拒食気味。

特に気にならないところ

耳、口、喉、肺(呼吸)、


弁証

弁証とは、患者さんの症候やそれ以外の身体の状態を診察して、問題の症候をひきおこしている人体の機能の状態を明確にすることです。その状態の名前を「証」といいます。「証」の用語は、中医学で決まった用語の中から選びます。証を確定する作業を「弁証」といいます。

腎陽虚

Aさんの一番の悩みである、半年前くらいから始まった不意の尿もれは、腎の弱りと冷えに起因するものと判断します。この証を「腎陽虚」といいます。

腎が関連していると考えた理由は、尿もれと冷えの症状があるのに対して、とくに外的な環境の要因や、感染証や腫瘍のような、目に見える要素が記入されていなかったからです。こういう場合、物理的にはみえない体内の変化に着目します。この年令で閉経前の女性であれば、中医学では※「腎」のパワーダウン(腎気虚)を疑います。Aさんの場合は、全身の冷えがひどい、とまで回答しているので、体温調節や体内の水の代謝に深く関係する腎に注目し、腎陽虚(腎が冷えている)と考えました。

「腎」とは:腎臓そのものではありません。中医学でいう「腎」は、成長や発育・生殖を司る「精」を蓄えて、呼吸や体温調節などの生命活動の維持を担う腎臓を中心とした働きや機能までを含んだ概念を示しています。腎は、体内の水の代謝を行い、身体や臓器を温める機能も持っています。

脾虚気滞

メインの腎陽虚以外に、Aさんの基本体質として気になることがありました。Aさんの場合、便秘・下痢をくりかえしています。食欲もあり胃もたれもないのですが、整腸剤に頼っていて、すっきりとは消化・排便ができないようです。これについては、脾(消化器系)の働きが弱っていることと、「気滞」(気がとどこおっていること)に関係している状態だと仮定したいとおもいます。この状態の「証」を、脾虚気滞といいます。考え方としては、(1) 脾虚(脾の気が不足している、脾の「気虚」)がおきているから、消化不全をおこしている。腎の弱りもあって下痢になっている。(2) 気滞(脾と全身の気・パワーが不足している)の状態だから、便意があっても出せず便秘にもなる。(このような便秘を「気秘」といいます)ーーとそのように考えました。

また、Aさんの「多汗症」は、中医学でいう気虚(気が不足している)の人の多汗症の症候によく似ています。中医学では、衛気(えき)といわれる「気」でつくられたバリアが人体を包んでいて、外邪(病気のもととなる様々な要因)から身体を守っていると考えています。「気虚」の人は、そもそも「気」が足りないために、衛気のバリアがすきまだらけになるため、結果として、必要以上に津液(組織液)が毛孔からもれでてしまうから、ちょっと動くだけで汗をかきます。また、体温調整で必要な量よりも多い汗をかくので、ゾクゾクっとします(身体が冷える)。衛気のバリアの機能も不十分だから、寒気のあとで風邪も引きやすくなります。Aさんの場合、「気虚」に対する手当てをすれば、多汗症も和らぐのではないかと思います。

風痰上攘

またAさんの頭痛は、やはり脾の不調が関係しているのではないかと思います。中医学の考え方では、脾の調子がわるいと、「湿」(老廃物・不純物)が蓄積され、それらは ※「」(身体にわるさをする成分)となることがある、としています。この痰は、いろいろなわるさをしますが、頭痛のもとにもなります。--- 中医学には、頭痛に関連する「証」がいくつかありますが、そのなかに風痰上攘という「証」があります。これは、「風と痰が上に吹き乱れてくる」というような意味です。

※「」とは、体内に停滞して貯留した粘稠で流動性の少ない(どろどろした)水液のことです。痰は西洋医学で言う肺や気管支から分泌される痰だけではなく、水の代謝異常により生じたものも含んでいます。

脾の調子が悪い人の場合は、「肝」も栄養不足(肝血虚)になりがちです。もし肝の「陰(血)」が減りすぎると、肝の「陽(気)」が相対的に強くなりすぎて、陰陽の均衡(バランス)がとれなくなります。結果、肝の「陽」の勢いが盛んになって、体内を上昇し、肝風(かんぷう)となって揺れ動くという現象がおきます。そして、その風が、脾の不調でたまった「痰」を頭に吹きあげてくるから頭痛やめまいとなる、というのです。※風痰上擾はその現象名(証)です。

風痰上攘
風痰上攘の説明は、西洋医学の世界からみれば、顕微鏡では見れないモノ・物理的にも証明できない現象だらけ「エビデンスがないじゃん」って話です。まさに中医学っぽい「モノの語り方」だとおもいます。こちらの記事を参考にしてください。

寄り道が長くなりましたが、Aさんには「湿」から生じた「痰」もあり、それが頭痛のもとになっていると思います(そう仮定します)。それを生じさせているのは、脾虚気滞だと思います。その状態を意識して手当てすれば、おのずと湿もたまらず、全身が楽になっていくように思います。


対処法

腎陽虚という証に対しては「あっためる」=「温補腎陽」(腎の栄養とパワーを補って、を温める)というのが治法(治療方針)となります。
脾虚気滞という症にたいしては、胃腸にやさしくして、おなかを健康にし、身体の中の気がめぐるような対処をします。風痰上擾も意識して、湿・痰がたまらないように配慮します。

対処法 その1:着る

服装は一番手っ取り早くて、やり始めるとなかなか楽しい対処法です。今一番つらいのは「腎陽虚」なので、物理的に「ひやさない」工夫をします。冬は、薄着+強い暖房…という図式になりがちですが、それでは体内が温まりません。ぽかぽかと体内が暖かく感じるよう、服装を整えます。

重ね着:重ね着は、腎陽虚だけでなく、全身状態の改善に効果的です。締め付けないような素材・サイズのものを重ねると、動きも妨げず、着脱もできて温度調節がしやすいです。「冷え取り」「温活」などのキーワードで検索して、自分にあう方法を一つでも探すといいと思います。下半身はとくに重ね履きをしましょう。

台所で運動靴:試してほしいのですが、Aさんの場合。水が流れている台所での尿もれとのことなので、台所履きとして、厚底のしっかりした運動靴などを上履きとして履いてはいかがでしょうか。2つの良いことがあると思います。1つめは、床の冷たさが直接身体にひびかないということ。もう一つは、心理的に(身体的に)「お出かけモード」になることです。

Aさんの「水が流れているところ(水の音がきこえるところ)で尿もれがよくある」という話は、「パブロフの犬」のように条件反射で身体が「トイレをしてよい」と反応している為とも考えられます。なので、寒さ対策に加え、「ここはトイレじゃないよ。お出かけ中だよ」と言う意味も兼ねて、運動靴をはいたらどうかな、と思います。(これは中医学ではなくおばちゃんのカンです。実はわたしも履いています。)

対処法 その2:食べる

食生活もダイレクトに効いてくる対処法です。ひとのからだは、毎分毎秒、取り入れた食物をもとに新陳代謝を繰り返しアップデートしているので、いつでも軌道修正が可能です。

「腎陽虚」「脾虚気滞」「風痰上攘」などの証に対しては、こういう食材を意識して積極的にとりいれるといいです。(以下は一例です)
腎をあたためる:にら、エビ、羊肉、エビ、うなぎ、山椒
腎の精を補う:穀物、山芋・長芋、にら、ブロッコリー、黒ごま、えび、かつお、クルミ、鶏肉、鶏レバー、豚肉、等
脾の働きを正常にする:穀類、山芋・長芋、納豆、豆類、緑黄色野菜、ほとんどの肉・魚、味噌・みりん、等
気を巡らせる:柑橘類、みかんの皮、緑黄色野菜全般
脾虚による下痢に:米、山芋・長芋、じゃがいも、干ししいたけ、蜂蜜、鶏肉、豚の胃袋、牛肉
補気をする(多汗症対策):米、山芋、じゃがいも、しいたけ、いんげん、粟、鶏肉、牛肉
痰をとりのぞく:緑豆などの豆類、冬瓜、とうもろこし、ハトムギ、もやし・キャベツ等

以上、ざっくり食材をかきましたが、極端にその食材だけを食べよう、ということではありません。上の食材を意識しながらも、その日の体調や気候や事情・食べたい味に合わせて、柔軟に考えてください。

調理法:
食材も大事ですが、バランスよく身体をあたためるには、やはり調理法が大事です。毎日続けられる、自分なりの食のスタイルをみつけましょう。料理をする人なら、ネットで、食材名x「レシピ」などのキーワードで、好みのレシピを見つけてください。時間がなければ市販の惣菜を食べたり、惣菜に野菜を追加してアレンジしてもいいでしょう。外食中心なら、コレは毎日食べよう!という食材をきめて(家でも外でもいいのですが)摂取できるようにするといいでしょう。

料理をする場合、おすすめは「鍋物」(一人鍋、というのもありますね)、「具だくさんの味噌汁やスープ」(豚汁・けんちん汁・ミネストローネ・ポトフ、あるいはそのバリエーション)、「おかゆ」(白粥や具入りの粥)です。主食を時々「お粥」に切り替えることもおすすめです。お粥は白粥でもいいですが、ハトムギや山芋をくわえてもいいです。粥は驚く程少量の米でつくるので、カロリーをおさえながら、おかずをしっかり取ることができます。

写真:山芋・鶏肉・コーンのおかゆ

長芋・鶏・コーンのおかゆの作り方
炊飯器に80g(1/2合)の米と800ccの水をいれて粥を炊きます。(これだけで白粥完成)→それを鍋にうつして、山いも70g(1センチ角)・コーン70g(缶)をいれてまぜます。さらに鶏の挽き肉80gを、箸で好みの大きさにつまんで鍋におとして火を通します。濃度に応じて水をたして好きなように調整して完成。塩味をつけるかは味を見て判断します。この分量で3人分はあります。これは主食としても軽食としてもおいしいです。具の量や、具の種類は適宜変更・アレンジしてください。残ったら冷蔵もできます。

飲み物:腎陽虚なら、季節を問わず、温かい飲み物がベターです。ですがAさんは冷たい飲み物が好き、とのことです。冷たい口当たりは気持ちいいでしょうから、いっしょに常温の(できればあたたかい)食事をとりながら、すこしずつ飲む、というような工夫をするとよいでしょう。ただ、腎陽虚さんであれば、冷たい飲み物をがぶ飲みしたり、濃度のある冷たいスムージーを空きっ腹にどかんと注ぐのは避けたいものです。

対処法 その3:動かす

絶大な効果があるのに軽視されがちなのが「動かすこと」です。これはAさんの「気虚」にも「腎陽虚」にも「腸活」にもいいことです。いきなりランニングや筋トレを始める必要はありません(好きならばいいですが!)。自分の「証」のことを意識しながら、身体をうごかしたり、マッサージをしたりします。動物は動く生物です。食事と同様に、毎日、気や血を巡らせることが必要です。

  • ストレッチやヨガ:「温める」「腎臓」「温活」「腸活」x「ヨガ」などのキーワードで、ネットで自分にあっている動画を探します。

  • リンパのマッサージ:これは、TVをみながら、あるいはお風呂でもできますね。同じくキーワードで自分がピンとくるような動画を探します。

  • 散歩:毎日近所の散歩をつづけてみたら、おどろくほど改善したという話もよくあります。たとえば昼食後や夕食後でも。

  • ラジオ体操・テレビ体操:毎日その時間にテレビをつけるなど。あるいは、覚えてさえいれば、脳内で音楽を流していつでも実行できるかも。

  • 乾布摩擦:昭和っぽいですが、馬鹿にできません。「乾布摩擦」x「腸」などのキーワードでネットで好きな方法を検索してください。タオル1枚。薄い服の上からでよいです。皮膚が強くなって衛気が整い、風邪がひきにくくなるとおもいます。Aさんの場合、多汗症にも効果が期待できます。(わたしは小さい時、母にやらされてた?記憶があります)=>西川の記事

  • 以上、いずれも、「昼食前に」とか「何時のTVをみながら」など、自分の毎日の習慣にくっつけて行うとよいでしょう。ひとつだけ選び、続けやすい方法をみつけて、続けることが大事です。

対処法 その4:やすむ

入浴・睡眠・リラックスタイムにしっかりと時間を割くことも重要です。腎陽虚は温めることが大事なので、38~40度のお湯でゆっくりと入浴するといいようです。睡眠もしっかりと。

対処法 その5:くすり

腎陽虚に対しては、よくある薬としては「八味地黄丸(腎気丸)」という薬が有名です。しかし、Aさんは、相談シートの回答内容からみて、脾(消化器系)が整っていません。そういう方はまず脾を元気にしてからのほうがよい(でないとニキビになるだけ、とか)という話を聞いたこともあります。
腎陽虚に関しては、まず食事や服装などの生活の工夫をおすすめしたいと思います。

脾虚気滞に対しては健脾丸という薬があります。また、風痰上攘には、半夏白朮天麻湯という薬もあります。専門家のいる漢方薬局で相談してみるといいかもしれません。

よくばらずに一つだけ毎日続ける

たくさん書きましたが、まずは一つだけでも確実にできそうなことを選び、1週間、毎日やってみてください。続いたら、次に1ヶ月、2ヶ月と、しつこく続けることをおすすめします。30日あれば、新陳代謝で身体のほとんどの部分は入れ替わりますから、不調な状態も、薄皮が剥がれるごとく、うっすらと改善されてくると思います。


最後に

お礼

Aさん、みなさま、長文をくださりありがとうございました。
何をどの程度まで書くかについても迷ってしまい、暗中模索で進めました。結果、このような超長文となってしまいました。スミマセン。

次回からはもっと記事をコンパクトになるようにします(反省)。説明の記事はわけ、読みやすくしたいです。この記事自体も修正しますので、また遊びに来てください。どうもありがとうございました!

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参考文献

『食養生の知恵 薬膳食典 食物性味表』日本中医食用学会編著・日本中医学院監修 日本中医食用学会
『実用 中医薬膳学』 辰巳洋・著 東洋学術出版社
『中医臨床のための方剤学』神戸中医学研究会・編著 東洋学術出版社
『漢方的おうち検診』櫻井大典・著 学研
『「赤本」の世界 民間療法のバイブル』 山崎光夫・著 
『中医学ってなんだろう』小金井信宏・著 東洋学術出版社
※ほか、日本中医学院の教科書とノート

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