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紅あかりと、写真と、人:斜里・知床フィールドワーク

去る2019年2月15日から17日まで、北海道斜里町(知床ウトロ地区を含む)に滞在したのでご報告。
たくさんの貴重な出会いと、文化芸術的な知見と、それを超えた大きな気づきがありました。今回は文字少なめ(と言っても、8000文字超えましたが…)、写真多めの記事なので、気楽に眺めていただければ嬉しいです。

※例によって有料記事になっていますが、今回も有料記事で見られる部分は1100文字程度+写真数枚で、大部分が無料で読めます。「田島またいろんなところ行ってこい!」「北海道の××で記事書いてこい!昼飯代だ!」みたいな気持ちで、購入していただければ幸いです。

0.はじめに

まず斜里町の位置ですが、こちら。世界遺産にも選ばれた知床が有名です。北海道の右上、というか北東に位置しています。道外の人はイメージしにくいかもしれないけど、札幌から知床までは電車+バスだと7時間ぐらいかかります(飛行機で行くのが一般的です)。なので、東京からでも、札幌からでも、そんなに所要時間は変わらないです。

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なぜ、知床に行くことになったか、というと前から斜里町発のリトルマガジン「シリエトクノート」(と、リトルマガジンに留まらない活動)に興味があったことと、「冬の知床、森づくりの道を歩く」というワークショップがあることを知ったことから、でした。今回のワークショップ「冬の知床、森づくりの道を歩く」は町民有志によるプロジェクト「写真ゼロ番地知床」が主催していて、シリエトクノートさんは実行委員の一人として参加しています。

Twitter上で、例のノリ(後先考えず、面白そうなものに食いつくやつ)を発揮したりしてました。

1.知床まで

さて、2月15日の朝11時にに羽田を出発。往路の行程は下記の通りです。11:15-13:00:羽田空港-女満別空港
13:00-13:45:女満別空港-網走
※着陸後の適当なタイミングで柔軟にバスが出ます
13:45-15:10:網走滞在(網走バスセンターから桂台駅まで徒歩)
15:10-15:56:網走-知床斜里
15:56-18:00:知床斜里滞在
18:00-18:50:知床斜里⇒ウトロ地区(宿泊地「知床夕陽のあたる家」)

網走では、少し時間の余裕があったので、桂台駅に向かいつつ、少しだけフィールドワークできました。アーケード商店街も、歴史遺産も、大学(東京農業大学)もある、いろいろ魅力がありそうな街でした。今度はゆっくり滞在したい。

その後、釧網線の流氷物語号に乗って知床斜里駅に向かいます。
人生初流氷に遭遇。

16:00前に知床斜里駅に到着です。複合駅舎は建築家の川人洋志さんが設計されたもの。ウッドベース(北海道産カラマツを使用)の水平に伸びた駅舎は白い大地に似合います。

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また駅の向かいにあるオジロワシの青銅像はロベルト・フリオ・ベッシン(Robert Julio Bessin)による作品。青銅の美しさとスケルトンの軽やかさが目をひきます。彼は1992年から98年まで北海道の置戸町に滞在し、美しい青銅の野外彫刻をつくっていました。今でもオホーツク地方で彼の作品を見ることができます。他地域で見る、裸婦像に代表される「いかにも日本」らしい野外彫刻とは違うのが特徴的。環境芸術学会の理事としては見逃せない…。

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さて駅周辺を一通り見たところで、斜里フィールドワークがいよいよ始まります。ところが、バスターミナルの社員さんに「二時間も時間潰せないですよ」と言われてしまう。とりあえずツイートしたところ、シリエトクノートさんからリプライが!

おかげで流氷の海を目指しつつ、斜里の街並みを眺めつつのんびり散歩できました。知床工房しれとこ屋では、知床のデザイングッズも見ることができました。

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その後、17:00から北鮮さん(居酒屋)で軽い夕食&日本酒をとり、18:00過ぎにウトロ地区に向けて乗車しました。

19時頃、ウトロバスターミナルに到着。辺りはすでに真っ暗ですが、バス停までホテルの送迎があったので助かりました。5分ほどで、地区のホテル「知床夕陽のあたる家」に到着。ここで二泊します。同じ北こぶしグループの別のホテル「北こぶし知床 ホテル&リゾート」にて夕食(二度目)。半数以上が海外(というか中国)の方だった印象があります。

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ホテルの1Fでは流氷についてのショートレクチャーが開催されてました。こういうの、学術的な知見を産業に活かす良い事例だなあ、と思いました。エコツーリズムやスタディツアーが有名ですが、観光もただ遊ぶだけでなくて、学ぶ要素を入れている事例が増えています。こういう手法は、観光の高付加価値化と繋げやすいと思います。

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ウトロ地区のホテル(北こぶし)にあった「未来郵便局」という開発好明さんのアートプロジェクト。「遅達便」ということで、一年後に手紙が届けられます。

後から中山さんに聞いた話ですが、北こぶしグループはなかなか面白い取り組みをされています。というのも、公益財団法人彫刻の森芸術文化財団が仕掛け人となり、北こぶしグループ全体でアート×ホテルの取り組みを進めており、北こぶしグループのホテルにはアーティストの仕事を見ることができます(こちらを参照)。ひびのこづえさんは「北こぶし知床 ホテル&リゾート」で、浴衣やマグカップなどグッズデザインをされています。tupera tuperaさんは「キキ知床 ナチュラルリゾート」で常設の作品とグッズデザインをされています。ぼくが泊まった「知床夕陽のあたる家」では、ミロコマチコさんの6m×3mの巨大な壁画を制作された他、ホテルの至るところに動物を描かれています。他にも、栗原虹児さんや佐々木愛さん、入江清美さんや華道家の森由華さんの作品が「北こぶし知床 ホテル&リゾート」には常設されています。芸術をビジネスに活かすことで、芸術を支援している好事例と言えそうです。

激しい疲弊感から「知床夕陽のあたる家」に戻り、割とすぐに就寝。

2.知床自然センターへ。

翌日、今回のメインイベントの一つ「冬の知床、森づくりの道を歩く」に参加。実行委の一人であり、シリエトクノートの「中の人」の中山芳子さんがホテルまで迎えに来て頂き、知床自然センターに向かいます(昨日に引き続き、ありがとうございます〜!)。

知床自然センターは公益財団法人知床財団が管理運営する「フィールドを知り、楽しむための国際ビジターセンター」です。昨日のホテルのレクチャーとも通ずるものがあります。

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知床自然センターの中はこんな感じ。中にはレストランも併設されていました(ぼくが行った時のお店は閉店してしまうらしいけど、何かしら入るはず…)。一言で表現すると、食べる場所と見る(学ぶ)場所と買う場所があり、とてもバランスの取れた文化施設、という印象を受けました。1〜2時間ぐらいはゆっくりできてしまいそう。

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さて、いよいよワークショップ開始。最初に公益財団法人知床財団職員の川村喜一さんから、簡単なレクチャーを受けます。川村さん、芸大先端卒という経歴で、先日まで東京で個展「糸を縫うようにこの地を歩け」を開催されるなど、現在も写真家・映像作家としても活躍されています。育って来たカルチャーが近い感じが伝わって、話しやすかった。上記のスノーシューを履いて(履かないと腰ぐらいまで一気に埋まる)、いよいよ森に出発です。

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3.ワークショップ「冬の知床、森づくりの道を歩く」

ワークショップは知床自然センターの隣の知床国立公園、森づくりの道を歩きながら、写真を撮っていく、というもの。同じ道を歩く(でないと遭難する!)ので、あまり変わらないんじゃないの…と思いきや、やはり見ているもの、見ている視点が違います。

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しかし木々は美しい。ぼくは「自然が美しい」なんて、札幌に来るまで言ったことなかったんですが、北海道は本当に美しい。そして知床は格別。

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実は、知床は1970年代には乱開発の動きがありました。それを止め、知床国立公園内の保全と原生林の再生のため「しれとこ100平方メートル運動」が1977年に始まり、今も続いているようです。植樹された木々がきれいに整ってて美しいです。

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廃屋を改修した「開拓小屋」に到着。一休みして、冷えた体を温めます。

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「開拓小屋」の中では網走にある「はぜや珈琲」のコーヒーで暖まります。実は斜里と珈琲は密接な関係があります。江戸後期、たくさんの津軽藩士が北方警備のため宗谷や斜里に派遣されました。しかし、彼らは極寒の中で栄養不足になり、浮腫病で多くの命が犠牲になりました。その後、珈琲は浮腫病の予防薬として配られるようになり、北方警備に赴く藩士たちの命を救ったと言われています。

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そんなところで休憩も終了。取り残した風景を収めつつ、知床自然センターに戻ります。春の兆しも発見。

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最後に知床自然センター内のKINETOKOで上映会。このシアター、ものすごい大きさ!高さ12m×幅20mは、普通のシアターにはない没入感が生まれます(一方で大きさを活かせない使い方も多そう。映像メディアに関する企画力が問われます)。映像メディアに関するプロジェクトに長年関わっていた人間としては、知床の自然とあわせて、様々な活用方法を考えたくなります。

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というところでワークショップはお開き。お疲れ様でした!

4.ウトロ地区を撮る

さてワークショップ終了後も写真撮るのが楽しくなってしまい、そのまま撮影タイムに入ってしまいました。しかし、まあ綺麗な写真が撮れること撮れること。半島と流氷が見えるところで一枚撮影。こちらはぼくのデスクトップの写真になっています。

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さてホテルに戻り、昨日と同じように夕食をとったらすぐ夜になりました。ホテルの隣で「流氷フェス」というイベントが開催されていたので、行って見ます。流氷フェスは「冬の知床を満喫できる体験型イベント」ということですが、ライトアップがうまく、幻想的。子どもから大人までたくさんの方が来場していて、賑わっていました。

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「流氷ライトアップ」というコーナーもあり、「夜の流氷」という、ネットではなかなか見ることのできないものも見ることができました。

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ここでもネイチャーガイドによるトークショーが開催されていました。「学ぶ」要素は至るところにあります。

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ぼくは奥の方にある「BAR the ICE」へ向かいます。

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この「BAR the ICE」、文字通り大きなアイスドームでできたバーです。中ではお酒(ぼくはホットウイスキーを注文)も飲めます。

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まあ、中ではめっちゃ子どもがはしゃいでて、「バーらしい」雰囲気ではなかったのですが、この大きなアイスドームで子どもには、むしろはしゃいで欲しいぐらい。

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21時に流氷フェスは終了。ウトロ地区は地区内の連携ができているので、各ホテルの送迎バスが待っており、みなさんそれに乗ってホテルに戻ります。ぼくは徒歩で隣のホテルに戻って早めの就寝。知床は、やることが限られるので、健康的になります。

5.斜里へ:弦間史高さんと西野壮平さん

さて知床のホテルをチェックアウトして斜里に向かいます。

野生のシカがお見送り(可愛い)。

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さて、次にお会いしたのは数品種のジャガイモや、そば、小麦などを栽培するを農業組合法人シレトコイオン生産組合の弦間史高さん。弦間さんはお会いするまでは顔も分からなかったのですが、とても人当たりの優しい方でした。一方で、自分の仕事には絶対の自信があることが、ひしひしと伝わってきました。

弦間史高さんのご自宅にあげて頂き、ご紹介いただいたのが「紅あかり」(トップの画像のもの)と「レッドムーン」というジャガイモです。弦間さんの奥様に温めていただいたのですが、これがとても甘い!(後日、父や祖母に食べてもらったところ二人とも驚いていました。ぜひこの記事を見ていただいた皆さまに食べていただきたい…!)。弦間さんは味だけでなく、弦間さんの育てるジャガイモが有するビタミンの含有量や抗ストレス効果、そして知床の風土との関係性についても教えてくれました。

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弦間さんと別れて、次はシリエトクノートの中山さんに連絡します。

というのも、昨日のワークショップの途中で写真家の西野壮平さんが斜里に滞在制作中ということで、よかったらどうですか?とご案内をいただいていたのです。というわけで、アトリエとして使われているこちらにお邪魔しました。

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中では西野さんが、3月2日から17日まで斜里町公民館ゆめホール知床で開催される写真展「TOP END3」の作品を作っていました。西野さんが今回の展示でテーマとされていたのは「流氷の移動」。流氷が生まれるロシア極東の都市マガダンと、流氷がたどり着く知床の4000枚の写真をコラージュして、どのような作品に仕上げようか、二つの街をどう繋ぐか(切り離すか)、試行錯誤しているところでした。

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実は、ぼくの電車の出発時間に合わせて、ゆっくりお話をしてしまいました(お邪魔だったかもしれないな…)。写真について、知床について、あるいは他の地域の文化芸術(の難しさ)について…など。外で雪が強くなる中、中で温まりつつ、ゆっくりコミュニケーションを取る、貴重な時間でした。

6.おわりに

中山さんに知床斜里駅まで送っていただき、ここから札幌へのんびり帰ります。知床斜里駅には雪が降っていました。

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そんな感じの斜里滞在でした。

斜里は東京からも、札幌からも遠く、お世辞にも便利な土地とは言えません。それでも「地方消滅の危機感は薄い」と弦間さんは言います。それはおそらく斜里が持つ自然資産(今回で言えば、流氷、世界遺産、ジャガイモ、景色など)の強さは指摘できるように思います(例えば、隣町の羅臼も行ったことがある人は少ないでしょうが「羅臼昆布」を知らない人はあまりいないのでは?)。

ぼくの専門である文化芸術と少しだけ繋げます。斜里のような魅力のある土地と文化芸術は結びつきやすいように思います。写真と自然の相性は最高です。西野さんと展示される石川直樹さんをはじめとして、様々な写真家が知床を訪れると聞きます。また文化芸術に関心を持つ人と「学び」に関心を持つ人は親和性が高いように思います。そのため、文化芸術に関心を持つ観光客はネイチャーガイドのような自然の「学び」にも同様に関心を持つようにも思います(環境芸術がまさにそれです)。文化芸術は、地域の「メディア」になると、ぼくは考えています。魅力的な自然資産があるのであれば、文化芸術を通して「ただ見る」以上の体験をつくれると思いますし、それこそが距離の不便さを跳ね返す力になるのだと思います。むしろ首都圏からの遠さが、ミステリアスな魅力、希少性の魅力に繋がることもあるかもしれません。

また文化芸術は、価値観の近い者同士を繋げます。今回、沢山の魅力的な方々と交流することができました。今、斜里にいる時間を思い起こした時、美しい光景以上に西野さんや中山さん、弦間さんと話した記憶が強く残っています。西野さんや中山さんは写真、弦間さんは食文化への想いをある程度共有できていたからこそ、繋がることができて、深いお話ができたように思います。またお話ししたい。近い価値観を持つ者同士が、体験を起点としたコミュニケーションを通じて、新しい「何か」が生み出されることはよく見てきました。文化や芸術はこういう点においても力を持っているかもしれない、と改めて思いました。

最後に、今回のトップ画像とタイトルの根拠について書いて、終わります。写っているものは、石川直樹さんの写真集『知床半島』と、知床の観光ブランディング事業であり、石川さんが編集した知床ブランドブック『SHIRETOKO! SUSTAINABLE 海と、森と、人。』(タイトルは真似ました笑)、そして弦間さんからいただいた「紅あかり」。どれも今回、交流を通していただいたり、購入したりしたものです。

今回の旅を一枚の写真で表現するとしたらこれしかない!と思って、札幌に帰った後、すぐに撮影しました。という、ネタバラシをして今回の記事を終えます。

さて、今回も少しだけ有料公開トークします。今回は「知床・斜里滞在を通して思ったこと」です。1000文字程度(+写真)ありますが、前回以上にゆるく、元は取れないと思います笑 なので「田島がんばれ!」という応援の気持ちでご購入いただければ幸いです!


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