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【小説】『白のイヤリング』

好きな作家がいる。これは特に珍しいことでもない。

そして同じように、どうしてもそれと同じ筈の文章でも
買えない本がある、というのも珍しいことでは無い。

流行った本だから逆にそれだけは読まないだとか、
多ジャンル書く人だからドストライクの時もあれば
思いっきりボールの時もあるだとか。そんな理由。

多分に漏れず俺にもそんな本があって、
クリスマスになると店頭に平積みになるもんだから
どうしても「んんっ」となってしまう。

だからそれの「んんっ」で
声が出てしまっただけなんです。
変な人いるなぁ…な目で見ないでくださいおじさん。




​───────​───────​───────​──

「(はぁ…。)」

特に人に興味もない癖に溜息なんか吐いた時だけ
見られる、なんて理不尽な車内なので心の中で。

20時台のこの電車は案外空いてるから
本が読めるだけいい。勿論座れないけども。

「(…はぁー。)」

とはいえ流石にずっと下向いてると首が痛くなるな。
手持ち無沙汰、いや目見無沙汰に周りでも。

…なんか改めて全員下向いてると暗ーい感じすんなぁ。
大学内のウェーイってのも苦手だけどこれはこれで。
暗いのも明るいのも嫌って俺面倒くせえなあ。

「ぅうーっい、おつかれぇーい!」

「アレ、お前間に合ったん?」

おお、高校生。巻き込まれるのは嫌だけど、
こういう時傍目に見るのは面白い。何話してんだろ。

「女バスの山瀬いんじゃん?」

「あー、あのここでかいやつな。」

「ばっか、おめー、でかい声でそーいうのやめろって!
あいつさ、男テニの1年の背高ぇー奴わかる?」

「あー、あのなんか特待で入ってきたやつ?」

「そうそう。あいつとなんか男子トイレから
出てきたとこ地理の谷川から見つかったらしくてwww」

「マジ!?えー、谷川はやべーってマジでwww」

「それで、バスケ部の顧問男子も女子も今
美濃が見てるからさ。あ、1年の古典のなんだけど。
それで今日早く終わったんだよ。」

「ううぇー、マジか!
明日山瀬どんな顔でくんだろなwww」

「ちょっ、やーめろってお前www」

…聞かなきゃ良かっ、うおっ

「この先急カーブがございますので​──────

アナウンス遅ぇっ。ここ本当揺れるよなぁ。
あー本飛んだ。端っこ折れたとかあったらめっちゃ嫌。

「あっ、これ…。」

「ぁ、…あー、すいません、ありがとうございます。」

今日1回目の会話だから声全然出なかった。
変に思ってないかな。…あー、でも大丈夫そうか。
なんか俺みたいな感じの目してる。同類の淀んだ目。

おっ、本も折れてなかったわ。ラッキー。




さ、レポートも出したし今12時過ぎたばっかだから…
あ、明日一限休講になったんだっけ。
てことは3限からだから…結構読んでもいいな。

どこまで読んだんだっけ…あれ、なんか本ちょっと、
違和感あるな。俺の読み方じゃない感じの…。栞?
なんか書いてある。

「こうじさん、いきなりこんな形でごめんなさい。
同じ大学に通っています、○○学部の尾上飛鳥です。
これ、私の連絡先なので、よければ連絡ください。」

SNSのID付き。ちょっと怖いけど…。
でも電車の中で会ったあの人だったら。

はじめまして。

と。お、もう読んだんか。早。

…。まあちょっと待つか。続き読も。

…。

……。

………。

だめだ、全然集中出来ん。返信…はまだ来ないか。
読んだならはよ送ってくれんかな。

…いや、はじめましてって送られた時俺もめっちゃ
返信迷うな。これが友達0の性。

あ、来た。

登録、ありがとうございます!
私、尾上飛鳥といいます。電車の中で私の読んでる本と
同じ本を読んでいたので、どうしても気になって
連絡してしまいました。

あー、なるほど。って思うくらいには
確かに親近感のある目でした。適度な腐り具合。
じゃなきゃこんな本読まん。

なるほど、そうだったんですね。
この本、面白いですよね。

こんな本、だからこそ内心めっちゃわくわくするな。
ねー、ここのグロいのいいよね!
なんて共感する人いるんだろうか。

ですよね。私も、読み終わった時、凄く満足しました。

あ、俺読み終わってない。

俺もです。

嘘です。

あの、良かったらなんですけど、
明日学食で会うことって出来ますか?
本、私のと変わっているので。
すいません勝手なことをして。

まあ学食なら、4限空いてるしいいか。

了解です!4限で大丈夫でしょうか?

大丈夫です!中央の銅像の下の所でいいですか?

返信はええ。あ、あっちか。
…ああそうか、4限って花壇の食堂、
ウェーイサークルの縄張りになるんだ。

わかりました。では、また明日。

はい!

…ふー。

…一応読み終えとくか。読み終わるか…?
まあ、行きの電車の時間も読めば十分いけるか。
寮まで3駅あって初めて良かったって思ったよ。




「で、そこであの、目の表面だけをっていうところ

「あっ、パーリがやるとこですよね!
私もここゾワッとして!」

かれこれ1時間ちょっと話してるんだけど、
結構楽だなこの人。やっぱりコアな趣味だからか。
読んできて良かった。

「いやー、この本でこんなに話せる人初めてで…
あっ、すいません、そろそろ5限ですよね。」

「そうですね。じゃあ…。」

「え、あ、そうだった!ごめんなさい!
また本取り違えるとこでした。」

どうぞ。はい。
こんなやり取り、なんか心地いいな。

「では。」

「あっ、は…い、お疲れ様です。」

出口は尾上さんが向かってる方が教室近いんだけど。
別れた後同じ方向はキツい。あっちから出るか。

んー…面白かったな。
あの人もしかすると前の本も読んでるんじゃないか?

今の所2作品しかこの人出してないし…。
カバーの部分の生まれ年見たら一個上だったから、
逆にそんな出してても怖いけど。

あ、やべ、遠回りってことは
時間ちょっとかかるじゃん。
あの講義結構人いるし、前の方は嫌だ。

急げ急げ。




こんばんは。
今日はありがとうございました。
あの、もしかしたらなんですけど、
この作家さんのデビュー作の方も
読んでいたりしますか?

何を藪から棒に、と言いたいところだが
藪から棒というか鳩相手に何豆鉄砲を、という感じだ。
そんな顔になっちゃったし、「え。」って声出るわ。

ええ、読んでますよ。もしかして、尾上さんも?

はい!私も読んでいるんです。
それであの…良かったらなんですけど、
今日みたいに明日も話せませんか?

明日もか。明日は3限だけだし、
今日みたいな感じなら正直願ったり叶ったり。
どうせ図書館行くだけだし。

いいですよ。何時頃がいいですか?

おや、悪手か。
正直俺もやられると嫌な「いつでもいい」。

えっと、私明日3限だけなので、
鶴原さんの都合が合う頃で…。

え、マジか。

俺も3限だけなんで、今日と同じ時間でいいすか?

あ、「で」抜けた。恥ずかし。

わかりました!じゃあ、また明日。
おやすみなさい。

おやすみなさいかぁ。ちと陰キャには。

はい。

さ、寝よ。

…。

「はい。」かぁ…。

いや「はい。」て…。

んー…。




明日、じゃあ駅の中のカフェで良い(*´・д・)?

陽キャじゃん(Σ゜Д゜)
おk。何時頃?

(☝ ՞ਊ ՞)☝2時頃でwww

(☝ ՞ਊ ՞)☝りょ。じゃ、おやすみ。

( ˇωˇ )おやすみぃ

って言ったけどまだ1時半。

「早いね。まだ1時半だよ?」

「いや、康二だって早いじゃん。
私そこの本屋で先に来て本見てよっかなって
思ってたのに。」

おー。

「え、俺も。」

「あー、じゃあ先にちょっと見てく?」

「うん!じゃあ、2時にここで。」

「わかった。」

普通のカップルってこんな感じなのかわかんないけど、
まあ別にお互い楽だしいいか。

楽だしいいか、って考えてると
男はだから馬鹿なんだよみたいなの、
なんかで見た気がするな。誰の本だっけ。

…あっ、そういえば今日見たことない服だったな。
あとでそれを言おう。言えれば。

どれ、文庫の新刊は…昨日見たやつと
そう変わらないか。

今週のブースも…あそっか、もうクリスマスなんだ。
毎年ケーキ食べて家族と過ごすって感じだったから、
何にも考えてなかった。

あれ、もしかしてクリスマス…。飛鳥と?

え、やば。陽キャイベント慣れてないんだよ俺。
全く考えてなかったじゃん。

いやでも飛鳥も…ってそれは甘いか?
あれでも…いや、見た目は正直俺と不釣り合いなくらい
可愛いし、女性なんだよな。

うわー、ガキかよ俺。
どうなんだろう、飛鳥はどう考えてるんだろう。

…ま、いっか、後で聞こう。




ごめん、来週まで予定あって、
イブもちょっと厳しいかも。
ただ、クリスマスは康二のとこ行くから。

やっぱりちゃんと考えてた…。俺だけか。
なんか凄い罪悪感ある。
なんか、言いたいこともあるって言ってたし…。

…なんだろ、別れたい、とかかな。それは…嫌だな。

でもそう言われたらどうしよ。
俺に拒否権ってあるんだろうか。

「そっか、わかった。」

そんなことを、俺は簡単に言えそうな人間な気がする。
人に興味が無いんだろう。

でも、飛鳥だけは違う。それは、わかる。
でも1ヶ月以上付き合っても、
未だにどう大切にしていいのかわからない。

窓の外にはもう電飾とてっぺんの星がしっかりと
飾り付けてある。そうか、飛鳥はこれも
考えていたのか。

クリスマスまで、俺は何が出来るんだろう。
連絡もあんまり取れないって言ってたしな…。




(((((*´・ω・)もうすぐ着くよー!

( •̀ω •́ゞ)✧こっちも待ってるよ!

待ってる、とは言ったもののこれでいいんだろうか。
飾り付けなんかやったことないから、
なんか子どもっぽく見える。

プレゼントもこれで…いいのかな…。
喜んでくれるだろうか。

あっ、来た。

「はーい。」

「なんか久しぶりー!1週間だけなんだけどねー。
あっ、これ康二がやったの?」

「おー。なんか、気分でさ。嫌なら外すけど。」

「いやー、全然!なんかでもあれだね。
康二の部屋って落ち着く。本の匂いがする。」

「あー、それはあるかも。」

あっ。

「おー!やっぱり!丁度ライトアップ始まったね!
窓開けていい?」

「いいよ。一緒に見ようか。」

頬が赤くなりそうな風。
それでも、そんなこと、って言えるくらいに綺麗だ。

「私、クリスマスツリーなんて見に来たの
子どもの頃以来だよ。」

「俺もそうかも。行っても自分の居場所無い感じで。」

「わかるー。それな。」

楽しそうにしている飛鳥と対象的な気がする。
2人でいる時には、きっとどちらかがこういうのは、
良くない。

「飛鳥。それでさ、言いたいことって、
聞いてもいい?」

「…うん。いいよ。ただ、その前に一つだけ、
お願い聞いて欲しい。」

「何?」

「…えと、その…ス、して、ほしい、かったり。」

外の声で上手く聞き取れない、
というのではなく単純に声が小さくて聞き取れない。

「えと、ごめん、もう1回言ってもらってもいい?
外うるさくてさ。」

「キ…ス、して、ほしいな、って。」

…え?

「え…と、あの、それと、言いたいことと、
どう関係が?」

「…だめ?」

急で驚いたけど、駄目なんて言える奴いるんだろうか。
浮気中に気が咎められて、でもない限り、
彼女にそんなこと言われて嫌なんて言えない。

もしかすると、
もう一歩進みたくて
俺も判断力が鈍っているのかもしれない。

それでも。

「いいよ。分かった。」

「…ふ…。」

目、閉じた方がいいのかな。

いつまで?

「…ん…。…ご、めん。ありがとう。」

「ん…。」

恋愛小説なんて柄でもないから読まないけれど、
一度したらもう一度、というのが
何となく分かってしまう。

そうか、こんな感じなのか。

「ねぇ、もう1回…。」

「…ん…。」

今度は飛鳥を寄せながら頭も撫でている。
どこか現実離れしていて、それでも
今まで以上に飛鳥を感じる。

「…ん。」

「…うん。」

「ごめん、もう、やめとこう。」

「うん。」

このまましてしまうから。
という顔に、少なくとも俺は見える。

「それで、話、なんだけど。」

「え?」

「話したいこと。」

「…ああ!そうだった。」

「…もー。」

今のはファインプレーか。
今の空気感も好きだったけど、
やっぱりこっちの方がお互い楽そうだ。

「私ね、高校の頃から小説書いてるの。」

「へー、初耳。読んでみたいな。」

「…それでね、その小説、もう康二読んでるんだよ。」

「え?どういうこと?」

「そこの、初めて会った時に私と交換した本、
あるでしょ?」

「うん。…え、まさかこの本とか!?」

「うん、そうなの。」

嘘!?

「え、だって一個上って作者のとこに書いてあるし、
飛鳥俺と同級生じゃん。」

「どうしても公募に間に合わせたくて、浪人したの。」

マジか。

「マジすか…。…え、ごめん待って。
それとさっきのと、何が関係あるの?」

「実はね、…




​───────​───────​───────​──

「ただいま。」

「おかえりなさい。
なんだか、今の季節になるとやっぱり照れちゃうね。」

「飛鳥があんな本書くからだろ?」

自分たちのはじめてが描写のネタになってる本なんて
恥ずかしくて買えたもんじゃない。売れてるし。

「さ、じゃあご飯出来てるからね。」

「はーい。」

今はもっと高い物も買えるだろうに。
さっき見てきたタイトルが誇らしげに耳に見える。



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おはようございます、こんにちは、こんばんは。
又ははじめまして!えぴさんです。

1作目2作目3作目と出させて頂いていますが
性懲りも無く本日もこちらの企画に!

出しすぎ!といつ怒られてもおかしくない状況です。
でも書きたかったので(ゴリ押し)。

改めまして、お読み頂きありがとうございました!

それではまたお会いしましょう、
以上えぴさんでした!

創作の原動力になります。 何か私の作品に心動かされるものがございましたら、宜しくお願いします。