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【詩】わすれ寝物語

いく尋の川の岸辺で姫君は
銀笛の音を水平線に遠く聴き
鳥の声では無いとある晩気づいた
風の音が時折運ぶ
美しい銀の瞬き星は
いつも同じ場所にあって
月の巡り日の巡りにも合わせずに
澄ませた耳に
夜毎かすかなアリアを結ぶ
誰の耳にも聞こえぬ断章を
不思議の音色を川辺に探せば
ほんの小さな一通の花手紙が
岸辺に着いたのを拾った
向こう岸の想い人が
千と浮かべた花手紙
姫君は知らずに眠っていたものを

かつて彼女は川を隔てて彼と別れ
忘れ薬を自ら飲んで
彼のことを全て忘れた
厭うたからではなく
とわに恋いをしたくて遠く離れて
川向こうへと渡ったのだ
それを今更思い出し
帰りたい逢いたいと願っても
いく尋の星の川は深くて遠い
帰りの船はずっと先
全てが終わるまでは帰れない
この悲しみの涙を流してみたいと
かつて薬を飲んだのだ
そのことさえも忘れてしまった
銀笛の音美しいアリアと花手紙
川底の星は益々輝くけれど
遠すぎる彼の姿を見ることも叶わない

夏のある静かな雨の晩に
彼女のためにと小さな蜘蛛たちが
細糸と雨粒を織って重ねて川向こうへと
小さく細い橋を渡したけれど
怖くて姫は渡れない
お宮の門をかたく閉ざして窓を閉め
眠ってしまうしかできなかった



物語は今はここまで
お姫様は語る間に眠ってしまった
良い夢を見られますように
夢の中でも逢えますように
また朝に目覚めても
夜毎の逢瀬を覚えていられますように
何の形も残らずとも
夜毎たしかに共に歌った歌が
星の海へと注いだことを
私は決して忘れない



あとがき

タイトルを寝物語(男女の…、ピロートーク的意味合い)とするかどうかは迷ったのですが…七夕ですし(昨日は伝統的七夕でした)…まあ時々たまには…。
八月ながら、今はつまり旧暦七月で、葉月ではなく、文月。
私は八月生まれですが、どうしても葉月という気がしなくて、その音も意味も全然しっくりこなかったので、本当は旧暦七月だと思れば嬉しい。
文月の異称には七夕月や愛逢月などもあるらしいです、何と言う華やかさ! 文月ってのもあまりしっくりこないんですけど、色々由来を調べてたら、もともとフミではなく穂を見る月からの転訛ではという説が、ハッとしました…。

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