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一番役に立っていなさそうな人が実は一番の立役者だったりする小話


#多様性を考える
#文学フリマ

あるところに双子がいた。双子は二卵性で、男女だった。名前はNとS。

妹のSは生まれた時から活発で物覚えがよく、学校に上がると勉強もよくできるようになり、水泳が得意でクラスのリーダー的な存在になった。兄のNは生まれた時からぼんやりしていて気がつくと宙を見つめて空想の世界に耽り、授業中は椅子にはなんとか座っているけど長時間まともな姿勢でいるのは難しくていつもでろんとしていた。Nは食パンのような白いもの以外は食べず偏食も母を悩ませ続けた。

10歳になって、二人は同じクラスのまま5年生になった。いつも双子のNとS、対極的な存在として扱われる。出来のいい妹と、何もできないお兄ちゃん。

ある時、妹Sがクラスの学級委員に立候補した。母は心配した。もし落選したら傷つかないの?勇気があるね、と。でも彼女は言う。私には必ず一人は票を入れてくれる双子のお兄ちゃんがいるから大丈夫、と。実際、椅子にでろんとしか座っていられない兄Nは妹に一票を入れた。結局のところ、彼女は対立候補の女子に選挙では敗れたが、まあそういうこともあるよねと思って前に進んで行った。

しばらくするとクラスでいじめのような出来事があった。対象はアトピー持ちのA君。授業中に鼻をほじったり、なんだか不潔な感じがするというのでクラスメイトから疎ましがられてしまう。ある日、クラスの女子の買ったばかりの筆箱がなくなり、それがA君の机の引き出しから出てくるという事件が起きた。ことの真相ははっきりしなかったものの、クラスのほぼ全員がA君がやったのだと確信して彼を無視したり時には露骨に責めるようになった。

双子の女子Sはその期間、中立を保った。給食の時に孤立していたA君の隣に座ったり、休み時間もA君を誘って校庭でボール投げをして遊んだ。ママ友からその様子を心配げに聞かされた母は娘に聞いた。周りの子に今度はSがいじめられたりしない?わざわざA君に親切にしなくてもいいんじゃない?と。でも彼女は言う。私には必ず味方が一人いるから大丈夫、ママは心配しないでそっとしておいて、と。

結局、筆箱の事件についても証拠があったわけでもないし、次第にみんな別のことに関心が移って忘れていった。Aが人気者になることはなかったが、Sがいじめられることもなかった。

Sは、高学年の女子には珍しく他の女子とつるむことはなかった。いつも一緒にいたわけではないが、Sには(誰がなんというと)その存在を信頼して揺るがない兄のNがいた。教室にもいたし、家にもいた。自己肯定感が大事と言われ、多くの人がそれを形成するのにたくさんのエネルギーを注ぎつつもその欠乏に喘ぐこの時代において、兄の存在はそんなことを考える必要を無くすくらいにSの精神に安定と盤石な地盤をもたらした。

学校の先生が、NとSの個人の成績をつけるのであれば、Nはせいぜい5段階評価では2だし、優秀なSはいつだって4か5だった。でも二人にとっては、世界はあくまで二人でひとつで、それぞれに役割があるだけだった。学校の通知表なんて、二人の間を誰かが人工的に切り裂いた個人主義の評価の結果で意味のない変な紙だ。夏休み前の終業式の帰り道、双子はランドセルの中の通知表をお互いに入れ替えて名前の部分にキラキラした星型のシールを貼り付けてから親に渡した。母はそれぞれ開いて眺めたものの何も言わずに閉じ、小さく微笑んで台所の引き出しにしまってしまった。

晩御飯は唐揚げとわかめサラダと素麺で、その夜も兄は予定通り素麺しか食べない。


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