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娘の名付け方とアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)について

表紙の写真はメエメエだけど、今日は娘の命名について書こうと思う。

もう10年近く前、今の会社(外資、テック系)で働き始めた時にアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)についての研修を受けることになった。コンプライアンスや行動規範のトレーニングはどんな企業でもあるし、退屈さという意味で運転免許を更新するときに見せられるビデオに近いものだろうと期待して参加したらこれが非常に刺激に満ちた素晴らしいもので、娘の名前を決めるのに決定的な開眼だった。

この研修では、まずは脳科学的な観点から、いかに人が意思決定のために数少ないデータポイントから推論して結論を導き出しているか、というお話から始まった。例えば、誰でも大きな男性が暗い夜道で後ろから歩いてきたらぎゅっとカバンを握りしめる(襲われるかもしれない、と推論するから)ことがあると思う。結果的にはこの男性は完全に無害な人物である可能性の方が高いのに、夜道では身を守るために、極端な推測をして行動をする方が一般的だろう。この、少ないデータポイント(男性、大柄)からの推論(危険人物)は有効に働く場合もあるのだけど(夜道で襲われないように身を守れるなど)、組織の中で無自覚に同じような推論を適用してしまうと、意図せぬ差別に繋がってしまう、というお話。

さらに、私たちはそもそも全員超絶スマートな人たちだから、こういった推論のスピードや、認知のショートカット(近道)をたくさん作り上げることには長けている、と続く。なので一層、「自分は公平な人間だから大丈夫」なんて考えは許されず、自らの偏見を自覚して対話することでしか救済はない!!という趣旨だった。「誰一人として、この問題から免れることはない。あなたを含む全ての人が偏見の罠に落ちうるから全力で自覚せよ!!例外は不可!!」と。

特に、具体的な事例として紹介されるアメリカでの調査が面白い。この記事にほぼ同じ内容が詳しくあるので興味のある方は読んでいただきたいのだけど、ざっくり言うと;

  • あるアメリカの大学の研究室が社会実験を行う

  • 全く同じ内容(学歴、経歴)のレジュメ(履歴書)のコピーを何枚も作成する

  • ただし、名前の部分だけをいかにも男性の名前(例:ピーター)と、いかに女性の名前(例:キャサリン)に変更て複数の企業の採用窓口に送付する

  • 性別ごとの第一審査通過率を検証する


というもの。結果、男性が79%の通過率だったのに対して、女性は49%まで下がってしまう。女性を男性と比べると、書類の時点で31%も損をしてしまうのだ。(49/71=0.69なので男性が100回通過する間に女性は69回しか通らない)また、この記事には紹介されていないけど、ヒスパニック系に多い名前(例:ペドロ)や黒人系に多い名前(例:ジョサイア)のパターンも試されていて、同様に通過率が下がる。非白人x女性のように掛け算の名前(例:アレハンドラ)となるとさらに勝率が下がるという実験結果が出た。

これを聞いて、えらいこっちゃ!と思う一方で、そうだろうなという感覚もあった。私は大学にいる間までは男女差別を感じることなく生きてきたけども、やはり就職の場面や、いざ働き出すと女性であると言うことで逃す機会があるなという感覚はあった。例えば商社の総合職は9割は男性であると言う自然界を反映しない比率とか、男子の同級生しか受け取っていない会社案内とかがある謎について、すっかり説明がついた感じがした。

絶望的な話だとは感じたけれど、かといって世界は私の力ではいきなり変えられないし、ましてや自分の性別は変えられないのでやれることをやるしかないと言うことで、私は当時妊娠中でお腹にいた女の子の名前を「女とわからない」名前にすることを、この研修中に決意した。

その後娘が生まれるまでの数ヶ月、「中性的な文字ブレスト会議」を夫と繰り返す。娘の名前をここでは具体的には書けないのだけど、例えば「満(みちる)」だったり「光(ひかる)」みたいな、男性とも女性とも決定的には感じない中性的な漢字一文字を使い、読み方もまた男女ともにありえる音を当てる命名をした。結果として名前に使うには珍しい漢字になってしまって、良かれと思ってやったもののいつか思春期を娘に怒られるのではないかと恐々としている気持ちも実はある。「私は、沙羅ちゃんとか、花梨ちゃんとか、可愛い名前がよかったのに、なんやねんこの線香くさい名前は!!決めたやつ出てこい!!」とキレられる可能性は十分にあって、その時は私はハワイにでも逃亡しようと思っている。

でもね、娘よ。考えてもみて欲しいのだけど、転職のたびに31%ずつ損していたら、1回だけなら男性に比べたら69%でまだいいかもしれないが、5回の転職を経ると複利の効果で15%になってしまうのだよ(0.69の5乗)。頑張って5つの仕事を経験をして、キャリアを振り返った時に、男性と比べて15%しか勝ち目のない職業人生なんて、私だったら歩みたくないのです。ケチなライフハックだと言われたらその通りだと思う。でもあなたはどうでしょう、それでも可愛い名前がいいですか?

娘が「母の選択があったおかげで職業人生がうまくいった!(あるいは余計なお世話だった)」と言う振り返りができるのはこれから40-50年先かもしれないけど、少なくとも私の意図としては、彼女へのギフトのつもりではあった。そして、そんなギフトが不要だったと笑えるくらい、その頃の世界は偏見を取り払えていればもっと素敵だな、とも。


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