冴えない毎日にパウンドケーキを
朝、カーテンから漏れる生まれたての陽の光と小鳥のさえずりでゆったりと目をさまし、まずはコーヒーを一杯、清潔な衣服に着替え、さあ私の新しい一日がはじまる……なんて生活を夢みながら、スマートフォンのアラームに叩き起こされる。
それから二度寝三度寝を繰り返し、スヌーズを止めるついでに漫画アプリをひらき、YouTubeをひらき、1時間くらいベッドでぐでぐでしてからやっとこさ布団から這い出る。時計はだいたい10時半を指している。あ、今日もまた「スッキリ」を観られなかった。クイズッス楽しみにしてるのに。
もともとぐうたらが得意な性格に、大学4年生のモラトリアムとコロナ自粛が拍車をかけてしまった結果がこれである(そしてなんと去年の8月ごろのnoteでも同じようなことを言っている!)。
あれやりたいこれやりたいと思いつくことはたくさんあるし、SNSで見かける友達が意欲的に創作をしたり勉強したり運動したりしているけれど、身体が動かない、ずっと溶けるように眠っていたい。
ああ、冴えない。まいにち、なんだか冴えない。
そんな毎日に私の心にぽこんと生まれたのが、パウンドケーキをつくることだった。
私は食べることが好きだ。どこかの偉いひとが「食べるために生きるな。生きるために食べろ。」と言っていたけど、ごめんなさいバリバリ逆です、食べるために生きてます。
でもやっぱり、食べて寝るだけの人生はなんだか味気ない気がするし、まず何もしないとお腹もぐーっと鳴ることがなくて、それでいて食べてばかりいるのはかなり不健全な気もする。
そんな思いが脳裏をかすめうんうんうなっているとき、ふとお菓子をつくることを思い立った。
自粛期間中、簡単な料理はそれなりにするけれど、お菓子をつくったことはなかった。お菓子づくりは分量をきっちり量ったり混ぜたりこねたり、「拵えてる」という実感があってなんとなく活動的な感じがするし、何より甘いものが自分の手によってできあがるというのが良い。
そうして私はパウンドケーキづくりに取りかかった。
数あるお菓子の中でもパウンドケーキなのは、あまりお菓子づくりに慣れていない私でも失敗しなそうな「おおらかさ」を感じたからと、単純に好きだからだ。
よし、家にアールグレイの茶葉と古くなってきたりんごがあるから、紅茶とりんごのケーキにしよう。
そうと決まれば、さっそく準備にとりかかる。ちゃかちゃかと器具や材料を用意するのはちょっとめんどくさいけどけっこう楽しい。見切り発車で始めず、段取りよく料理できるようになったところに、巣ごもり生活を通したかすかな成長を感じる。
まず、りんごをむいて小さく切り、それとグラニュー糖、バター、シナモン(レシピではカルダモンだったけど、なかったので。参考にしたレシピは最後に載せておきます)を電子レンジで加熱。
一方、別のボウルでバターとグラニュー糖、卵を混ぜて加熱したりんごを投入、それからふるった薄力粉とベーキングパウダー、すりつぶしたアールグレイの茶葉を加えまた混ぜる。茶葉の量はよくわかんないけど、好きだから多めに入れちゃえ。
あとはカンタン、オーブンに投入!オーブンのじりじりした音を聞きながら、たまには勉強をしてみたりする。何度もオーブンを見に行っちゃうからほとんど進まないのだけれど。
そしておよそ50分後、オーブンの焼き上がりを告げる音が鳴る。味気ないピーッという電子音も、どこか幸せな音色に聴こえるから不思議だ。きちんと焼けてそうな様子だったので、オーブンからほかほかのケーキを取り出す。うーん、なかなか美味しそうな出来栄え。
ただの粉や卵を混ぜ合わせたものがこんなに安らかに幸せなかたちで膨らんでいるなんて、すごい。最初につくった人、ほんとすごい。
さて、出来たてをさくり。
うほほ。美味しそう。
ここまでくれば、あとは沖縄で買ってきた大好きなやちむんにコーヒーを淹れて、ティータイムだ。自粛期間であまり出番のなかったカメラも小躍りしている。
久しぶりにつくったパウンドケーキはとても美味しかったし、母も祖母も喜んでくれた。
ああ、たったこれだけのことで、冴えない毎日が少しだけ輝きだす。心が潤う。
私を支配する「生産的なことをしなければいけない」という強迫観念はどこからやってくるのだろう。
ちいさいときは、毎日アニメを観て下手くそな漫画を描いているだけで心おきなく幸せだったのに。母に「またぐうたらして」と叱られてもどこ吹く風、と聞き流していた。
何もしなくても生活に困らないというのはとても贅沢なことだと思うが、その恵まれた環境がさらに贅沢な悩みを加速させていく。
食べものを消費するだけでなく、生産すれば罪悪感から私を救ってくれるんじゃないかという姑息な魂胆から生まれたパウンドケーキは、そんな呪いから少しだけ自分を解放してくれる抜け道のように思えた。
その夜、次は何をつくろうかなあ、と考えながらいつもより安らかな気持ちで私がベッドに潜りこむと、枕がひっそり話しかけてきた。
「あんたそれ、根本的な解決にはなってなくない…?」
「……。」
「……。」
「……まあ楽しいからいいのよ!……とりあえず。」
そうして私は布団をかぶり、また8時間後、無慈悲なスマートフォンに叩き起こされるまで、こんこんと眠り続けた。
参考にしたレシピはこちら↓
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