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B子『Japonica』 のクロスレビュー

まだ、無名の劇団の知名度向上のため公演を観に行き一人10点満点でクロスレビューをするこの企画。

今回取り上げるのは2020年頃から活動開始したB子
作・演出・出演をこなす一人芝居を行う女優だが、自筆の怪しげなイラストや手作りの数字パズルをのっけた異様なチラシを配っていて独自の存在感を持つ。WEBでの情報発信はなくHPも更新しておらず、折込チラシと会場の情報でしか公演情報を知れない謎の人物。
そんな謎の公演にレビュワーでどう評価したか。
レビュワーは平井寛人、公社流体力学の二人です。


           B子『JAPONICA』
           作・演出・出演 : B子
           4/2  (会場:イズモギャラリー)
 JAPONICAと名付けられた家。最初は電気すら通ってなかった家だが、女に恋人ができるたびに電気が通り・物が増え続けていき。でも、チェリーパイだけはいつまでも貰えない。
 ソファや巨大な三面鏡の置かれた舞台に幾つかの三角コーン。音響照明出演をすべて一人で行うB子一人芝居。

レビュワーは平井寛人、公社流体力学の二人です。

●平井寛人(FUKAIPRODUCE羽衣・尾鳥ひあり)
 完全な一人芝居ということを考えた時に、表に出てくる、その公演自体の様相を定義する制作業務(ここに別に正解不正解は無く、よそからてんわやんわ言う必要は全く無いと感じる。例えばB子の広報業務は、事実すこし異様ではあるが、それこそが今のこのB子の世界なのだと私は思う)、照明や音響、そして出演まで一人でおこなうことにあるようで、その完全な個別な、俗世からじんわり浮き出てきた個の世界をたのしむ時間が、その究極に贅沢なフォーマットなのではないかと感じさせられた。B子「Japonica」は全くそうした催しで、強い自信に裏打ちされたような清々しいここでの個の世界は私を動物的に突き詰めて興奮させた。
物語を纏めるにあたって手法的な(もちろん「Japonica」も纏まっているのだけど)、純粋な表現から離れた手つきが多くの創作品に生じつつあると思うが(その纏めるための手つきが自然発生的に上手く発生しない場合)、この作品はどこまでも表現たっぷりであり、常にその表現やフォーカス、集中力が途切れていない。劇作でいうと岸田國士の特筆すべき作劇の成果物に見られる集中具合、常に表現がなされており、そして特異稀なるセンスでそれでもどうにか纏まってしまうという自体を率直に私は連想した。誠に高い能を持った人だと思う。そしてそれを、上手く(悲しく無いことに)飼い慣らして、B子自身がその能にリスペクトを持って丁寧に、摘出して世に流し込んでくれているようにさえ思える、これは私の観賞の至上の悦びであり、興奮してしまう。
演劇ではあるが演劇であるために演劇を選んでいるというよりかは、受付後に拝読できるZINEや、富んだコマ割りの変化のような飛距離のある展開などから見て取れるように、ガロ系の漫画や、山田詠美などの純文学といった、自然的に表出される感性の絵を、体と音・声、照明を通して描きあげているだけといった、素材のみによってそうありうる、ジャンルレスな観賞体験が提示させられた。その感性にとって、(私から感じみたところとして)この得体の知れない「日本らしさ」「日本の風俗性」の即物的なあり方が、何も無かった「Japonica」という主人公の部屋に植え付けられていく、外国人/男性たちの置き土産で最後、よくわからない、得体の知れない、豊かさだけとはまた違った違和感をうまく描き上げていたと感じる。常にこの世界にとってのリアルで、表現であるような、B子それ自体の産物としか言いようもないが、綺麗な点描が最後に完成していくような快があった。
おそらく10分置きなどに自動的に流れるミュージックがかかるとパイを焼きにいかないとならないのは、この世界でそうされないとならないので、私は力強く肯定したい。笑えるかどうか分からないさえユーモアは、それ自体の笑わせが世界を色鮮やかにするのであって、AIでは無い人間にとってそれは現実の身としてもそうではないか。私はB子「Japonica」に、最も素直な観賞体験を覚えた。率直に感激した。
練習量の異様さというのとはまた違う、奇跡のような時間のキレは、B子が「Japonica」で生きるべき、その保証だと思う。尤も、作品をつくりあげようとしているのかも、私には(否定的な意味ではなく)分からなかったけれど、これが一歩さらに踏み出して、多くの文学作品よろしく、作品としてあろうという飢えまで感じた時に、これまでの作家がこれまでの時代を持ち込んできたような、大きなうねりがB子を中心に生まれるのではないかとも感じた。フィクションとノンフィクションが混在した現在の市場(つまらない言葉だが)において、変てこりんで愛おしく、そしてオシャレなVlogを創作物として広域に受け取らされた感も私の中では否めなく、それはそれで興奮させられることに違いないのだが、より孤高の或いは戦国武将が成果をあげたような無益で高尚なスタンスでの、B子の成果物を、いつか見られたのなら、その能に惚れている者としてそれ程うれしいこともない。
B子「Japonica」、ほんとうに素晴らしいと私は思った。本や漫画のように、この時間を保存して、持ち帰ってまた再生したいと思わされた。ここで貰ったZINEは愛蔵。
総合して、好き度は
9.5点

●公社流体力学(美少女至上主義)
 
パンフ代わりに配られるZINEを読んで、開演まで待つがその内容はガロ系のB子直筆漫画や図書館で埃をかぶっている本を読むなどの不思議企画で既にタダモノではない雰囲気が漂う。
 いざ始まると、しっとりとした恋愛モノだったので意表を突かれた。一人の女性の恋愛遍歴が次々描かれる。恋人は常に外国人男性で、彼らとの逢瀬が重ねられるが、突然音楽が鳴り恋人がチェリーパイを運ぶのに失敗して次の恋人になる。見ようによってはオムニバス形式という風にも取れる。
 唐突なチェリーパイで分かるようにこの恋愛演劇には特異なセンスが存在している。素晴らしいセリフが多くて
「私がSEXで得たものはオーガズムではなく、電気」
「この国では水が貴重なんだよ、と言って彼は私の涙を舐めた」
といったパンチラインが登場。
 チェリーパイのシーンが悪夢のようにリフレインし続け、B子は鏡の自分と会話を続ける。様々な隠喩が繰り広げられ独特の酩酊感を得られる。この作品は如何様にも見方ができる。
 如何に恋人が出来ようとも、物が満たされようとも癒されることない己の地獄について描いてるようにも見える。音楽が強制的に鳴り響く、失恋した相手の好きだった音楽を聴くたびに彼のことを思い出す。トラウマから逃れることはできない。そう考えると、チェリーパイを持ってくる恋人は当時付き合っている彼なのか怪しくなってくる。このシーンではその時付き合っている人物なのか特定の誰かなのか存在がぼやかされている。
 そういう解釈の一方で外国からの贈り物で物質的には満たされるも本当に欲しい物(チェリーパイ)がもらえることのない、本当の幸福を得られないこの国を描いているのかもしれない。電気すら通ってなかった家というのは、戦後復興(もしくは明治維新後)の日本の姿にも見えてくる。恋人達である赤い三角コーンは工業製品、産業の象徴なのではないかなんて思うところも。
 非常に懐の深い物語で、単純な恋愛モノとは一線を画していて個性的である。ただ、大きな盛り上がりのある作品ではなく恋愛遍歴が淡々と描かれるため、平坦に思える部分がある。大きい盛り上がりのない作品は塩梅が難しく、そこに技術が必要なのだが。これを技術面でいくらでもいえるだろうが私としてはプリミティブな作品に感じた。この作品はB子の脳内を直接見ているような感覚で、物語を作り見せているというよりB子の中の見せたいものをそのまま現実に出しているのだと思う。世の中には、これを表現しなければいけないという理由で表現活動する人がいるがこの作品はそういった物に感じた。
 と書くと、粗々しいものに感じるだろうが、実際の所B子はきちんと基礎を抑えた真っ当な演技をしていて照明や小道具を使った演出も巧みで青年団系列に入れても遜色のない口語演劇だ。しかし、そういった技術を超えてB子の根源的なものを見たような気がする。
 まぁB子がどんな人間か分からないので、一観客の勝手な想像だがただの作り物を超えた何かを感じたのだ。
 さて、点数だけど明らかにB子という演劇人の才能は目を見張るものがあるが『JAPONICA』という作品に感しては物語構造の甘さを感じるのも事実なので良い部分・悪い部分足して2で割って
6.5点

という訳で、B子『Japonica』は20点満点中
16点

第4回現在での最高得点が出ました。
平井さんの大熱狂に比べると公社の点数が低く感じるけれど、ショーケースを除く正調クロスレビューでは公社の最高得点。
演劇界を漂う怪人物、あなたもB子の頭の中見てみませんか?

平井寛人
(演出家、脚本家、作曲家。尾鳥ひあり主宰。FUKAIPRODUCE羽衣所属。普段は、事態が膿んで膿ませてぐっじゅぐじゅになったところから思うままにやってみる、というテーマで表現活動をしている。佐藤佐吉演劇祭初のショーケース「見本市」、バーで行う演劇ショーケース「
劇的」のプロデュースも行っている。)

公社流体力学
(2015年旗揚げの演劇ユニットであり主宰の名前でもある。美少女至上主義啓蒙公演を行い、美少女様の強さを知らしめる活動をしている。やってることが演劇かどうかは知らんが10代目せんがわ劇場演劇コンクールグランプリ。5/14、6/3,6/10の変則ロングランで新作『
ミッシェリーの魔法 -1928年、ラジオジャック-』(原作:萩田頌豊与@東京にこにこちゃん)をやります。note

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