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北大路公子『私のことはほっといてください』(毎日読書メモ(402))

旅行先でご当地読書をするのは愉しい。これまで北海道というと、村上春樹『羊をめぐる冒険』を持っていくことが多かった。東京から札幌に向かい、札幌から更に「十二滝町」という架空の町に向かう。その道程を、北海道で読む愉悦。しかし、先週北海道に行った時は村上春樹は残留。今回の旅の友は北大路公子『私のことはほっといてください』(PHP文芸文庫)だった。リムジンバスの中、ホテルの部屋、苫小牧のマルトマ食堂での順番待ちの長い列、細切れに北大路公子を読む。旅情とか何もないのに、北海道で暮らす人の視点が貫かれる、エッセイだか幻想だかわからない不思議な光景を、現地で読んでいるという謎の充実感。
北海道から真夏の東京に来て、「誰かが巨大なビニール袋で東京を街ごと包み込み、そのまま湯煎にかけている」と表現し、その東京で片時たりとも握った手を離さないカップルの手元をずっと眺める。納豆のパックを開き、それを食べるまでの過程を、滅亡しかけた人類最後の一人に延々と描写させるSF的恐怖感。河童との間に築き上げられた友情の尊さ。稀勢の里をどうやって応援すれば稀勢の里が一番強くなるかの葛藤。中島みゆき「悪女」に出てくるマリコは一体誰なのか問題。要約されても何も理解できないと思うけれど、読んだ人は皆笑いながら深々とうなずくであろうエピソードの数々。

身辺エッセイの体をとりながら、リリシズムやホラー感に浸り、しかも、それは確実に、東京近辺に住む人ではなく、北海道で暮らす人の視点。観光地も名産品も出てこないのに、徹頭徹尾北海道。
何回も書いているけれど、一緒に飲みに行って、一緒に酔いつぶれ、夜明けに、酔いつぶれる直前にお湯を入れたまま放置してしまったぐずぐずのカップヌードルをすすりたい。そういう人にわたしはなりたいのかというとそうでもないんだけど、とにかくぱーっと飲んで、見える世界を共有したい。

札幌の街を歩きながら、北大路さんとすれ違わないかしら、と思う、それも一つの旅の姿だった。お風呂までの十五歩があんなに遠い北大路さんがそうやすやすと観光客の行動圏内に出てくるとは思えないこともまた理解しているのだけれど。

これまでに読んだ北大路公子作品: すべて忘れて生きていく 流されるにもホドがある キミコ流行漂流記 石の裏にも三年 キミコのダンゴ虫的日常 最後のおでん 枕もとに靴 頭の中身が漏れ出る日々 いやよいやよも旅のうち 生きていてもいいかしら日記

#読書 #読書感想文 #北大路公子 #私のことはほっといてください #PHP文芸文庫 #文蔵 #北海道

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