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毎日読書メモ(92)篠田節子にはずれなし! 『肖像彫刻家』を堪能

そんなに熱心に新作をフォローしている訳ではないが、時々篠田節子が読みたくなって、手に取ると、はずれなし。2019年に刊行された『肖像彫刻家』(新潮社)を読んだら、面白くてやめられなくて一日で読了。

主人公高山正道は彫刻バカ、とでもいう存在。親の反対を押して美大の彫刻科に進み、学科同級生の妻が高校の美術教師をやっているのに食わせてもらっている状態で実家に寄生していたが、妻に愛想をつかされ、そのまま数年間うだうだと過ごしていた後、大学の先輩の誘いでイタリアに渡り、ローマン肖像彫刻家の弟子となる。ものになるまで帰ってくるな、と父から勘当状態でイタリアに渡り、技術は習得したが、工房の熟練職人以上の存在にはなれず、失意のまま帰国したら、父も母も鬼籍に入っていた。

というダメダメ設定なのだが、やり手の姉が怒りつつ色々お膳立てしてくれて、山梨の高原地帯に工房を作り、肖像彫刻を請け負って生きることに。しかしイタリアで習得した技術通りにブロンズ彫刻を作っていては、コストがかかりすぎて注文は来ない(ローマンワックス=蝋で像を作って石膏で型取りしてブロンズを流し込む、という最初の工程が3Dプリンターで成型可能な時代になっていて、彫刻家は受難の時代!)。

しかし、コネとか宗教法人の出どころ不明な資金とかで幾つか作った彫刻は、何故か魂が吹き込まれ、夜中に歩き回ったり喋ったりする。オカルトか! 芸術家として大成しなかった正道だが、肖像彫刻に生命が吹き込まれていると評判になり、ぼちぼち依頼が来るように。その人間模様が吹き出してしまう面白さ。工房として借りている家の家主一家との交流や、強烈だけど愛情深い姉とのやり取り、鋳造を請け負ってくれる大学時代の同級生富沢の工房でのダイアログも可笑しい。そして、離婚以来連絡先さえ聞けていなかった妻と息子の消息など、ダメダメだった正道の人生にも一筋の光明が射してきて、読後感はさわやか。彫刻の製作過程も緻密に描写されていて、作者がじっくり取材して書いたことがよくわかる。山梨の高原地帯の集落の暮らしぶりなども、なるほど、と思わせるリアリティある描写で腑に落ちる。正道の無邪気さが五十男としてどうよと言う頼りなさだが、物語を展開する力を持っている。

一作ごとに全く違った作風の篠田節子、読んだ本どれも膝をうつ説得力で面白く読んだ。例えば直木賞受賞作の『女たちのジハード』(集英社文庫)は、裁判所競売物件を、宮部みゆき『理由』(新潮文庫。あ、これも直木賞受賞作だ)とは全然違った角度から描き、『斎藤家の核弾頭』(新潮文庫)は驚愕のSF、『弥勒』(集英社文庫)は国際結婚をネタにしたホラー、『ロズウェルなんか知らない』(講談社文庫)は町おこしをテーマにしたお笑い小説(ちょっと荻原浩『オロロ畑でつかまえて』を思い出した)。『仮想儀礼』(新潮文庫)の新興宗教、『カノン』『ハルモニア』(共に文春文庫)の音楽(篠田節子はチェロを演奏するそうだ)、『純愛小説』(角川文庫)『長女たち』(新潮文庫)の介護(『肖像彫刻家』でも介護は重要なテーマの一つだ)など、幾つか追い続けているテーマもある。どの本を読んでも裏切られない、篠田節子のストーリー構築力を今回も堪能した。




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