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毎日読書メモ(166)『あとかた』(千早茜)

千早茜の作品を初めて読んだ。『あとかた』(新潮社)は、「小説新潮」に連載されていた連作短篇。「ほむら」(初出時のタイトルは「あとかた」)「てがた」「ゆびわ」「やけど」「うろこ」「ねいろ」と、少しずつ、登場人物が重なっていて、意識的に時制が前に行ったり後ろに行ったり、ある作品で意識的に記されなかった名前を別の作品で出したりして、一瞬つながりが分かりにくいようにしつつも、物語全体は同じ世界の中で生きている。

中間小説誌に発表されたこともあり、性的な気配が濃厚に漂う部分もあるが、関係性はすべて静謐な印象。情熱をあえて情熱として描かず、語り手は誰も、自分は何も残せないのだ、という無意識下の絶望感や虚無感と共に生きている。

どの主人公もわたしとは違うのに、その虚無感がなんだか懐かしく近しい。性的な高揚感も、暴力の痛みも、しんと澄みわたっていて、不思議なくらい近くにある感じがした。

最後に出てくる登場人物が「何か遺さなきゃ駄目なのかな。そうじゃなきゃ意味がない? そんなわけない。想いのままに生きて、それで死んでいってもいいんじゃないか」と言う。この人のことばが、直接言葉をかけられた人だけでなく、この物語世界の中のすべての人を救済しているように感じた。


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