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樹原アンミツ『東京藝大 仏さま研究室』(毎日読書メモ(373))

最近の読書は、大体、新聞や雑誌の書評や、出版社の広告を見て、気になったものを中心に選んでいるが、この『東京藝大 仏さま研究室』(樹原アンミツ、集英社文庫)は、珍しく、本屋の店頭で平積みしているのを見て、著者の名前も初めて聞いた知らない人だったのに、なんだか気になる、と思って買ってきた本である。そして、読後感の気持ちいい、良書であった。

東京藝術大学大学院 美術研究科 文化財保存学専攻 保存修復彫刻研究室。
これは藝大に実在する、仏像の修復を手掛ける研究室だそうだ。作者樹原アンミツは、映画監督・三原光尋とライター・安倍晶子の合作ペンネームで、これは作者の実体験ではないが、4人の修士2年の学生を主人公に、文化財保護の現場で、彫刻科の研究者と学生がどのような活動をしているかを紹介する、一種のお仕事小説である。

藝大といえば、二宮敦人『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』(新潮文庫)(感想ここ)の印象が強く、とくに美校の学生たちが何浪もして、叩いた藝大の門の中で一般常識から遠く離れた活動を繰り広げる場所、というイメージだが、そんな藝大の中に、過去の資料にあたり、木材や漆の研究に邁進し、出来る限り、その彫刻が作られた時代の姿を復元して、長く信仰される仏様をお寺にお戻しする、という作業をしている研究室がある、ということは考えてみたこともなかった。

修士2年の4人の学生は、それぞれに自分で選んだ仏像を模刻し、模刻する過程での研究成果を発表することで、修士号を取得する、という課題に取り組んでいる。それぞれにバックグラウンドの違う4人の若者と、その指導教員、家族、恋人、修士1年の後輩など、様々な人々の絡みの中で、それぞれが、藝大の彫刻科の中で、どういう経緯で文化財保存の方向に進んできたのか、これから何がしたいと思っているのか、模刻の作業の中でどんなことに苦しみ悩み、どういうブレイクスルーがあったのか、4人の1年間を追うかたちで、藝大の新たな側面を見る。
北関東の寺から、ぼろぼろになっている金剛力士像をお預かりしてきて、研究室総出で修復に取り掛かるプロローグから圧巻で、日本全国で、どれだけ沢山の寺の沢山の仏さまたちが、地元の人に深く敬愛されつつ、たたずんでいるのかと思いを馳せる。

模刻する仏さまを選ぶのにも一苦労(お寺&檀家がOKと言わないと許可が下りない)、木材を選ぶのにも、それとどう向かい合うかも一苦労だし、技術だけ先行して、心を籠めるということがなかなか腑に落ちずに苦しむ子もいる。何のために仏さまを彫っているかがわからなくなって迷走する子もいる。言語化することが難しいが、仏さまを3Dプリンターで模写すればいいというものではない、という、きわめて理論化しにくい部分に、この小説の本質がある。

彼らがこれからどんな道を歩んでいくことになるのかは、この切り取られた1年だけを見ているだけではわからない。小説だから、それぞれに大きな転機を迎えたかのように書かれているが、これからもっと大きな葛藤とか、発想の転換とか、強烈な体験をすることになるだろうし、その中で仏像を彫ること、知ろうとすること、復元することなどにより、信仰の場を支えることが、全員のライフワークとなっていくのかはわからない。

でも、指導教員たちがそうしているように、連綿と続く文化財保護の流れを途絶えさせてはならない、ということがじんわりと伝わってくる。

お寺に行って、仏さまを見上げた時のしんとした心持ちを忘れないようにしよう、そして、今度お寺に行ったときは、この小説のことを思い出すであろう。


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