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村井理子『兄の終い』(毎日読書メモ(312))

村井理子さんは翻訳家・エッセイスト。Twitterで名前が挙がってくることが時々あって、気になっていたのだが、昔翻訳書を読んだことがあったのを、検索して知った。すごく面白い本だった。お勧め。
トーマス・トウェイツ作・村井理子訳 ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)

で、初めて読んだエッセイは『兄の終い』(CCCメディアハウス)。何年も絶縁状態だった兄が急死したという連絡を、地元の警察から受け、急な終活に向かう妹の物語。
自宅で倒れている兄を発見したのは小学生の息子。兄は離婚して、上の子の親権は妻、下の子の親権は自分が持ち、離れて暮らしていたが、村井さんから見て元義妹にあたる、加奈子さんも駆けつけ、村井さん二人で、誰とも縁のなかった宮城県多賀城市にやってきて、猛スピードで「兄の終い」の儀式を進める。実子でも、親権を持っていない子どもを直接引き取ることは出来ず、兄の死後一旦児童相談所から里親に預かってもらっていた息子を、諸手続きの後、加奈子さんが引き取ることになる、という手順もまた複雑。

人が死ぬ、というのは、一瞬にして100が0になることだ。このケースのように本人に死ぬ覚悟がないままでの急死の場合、すべてが遺されたものに委ねられる。まずは警察から遺体を引き取り、葬儀会社で最低限の葬儀。一歩足を踏み入れただけで卒倒しそうになる汚部屋から、子どもが必要となるものだけを選り出し、子どもが気にかけていた亀と魚を一旦小学校に預かってもらうよう依頼しに行き、兄の車で運べるだけのゴミを処理場に運び、あとは処分業者に依頼。車の廃車手配。死の直前に生活保護の手続きをとっていたこともあってか、財産分与とか、戸籍の話は本の中では触れられていないが、おそらくそれなりに大変なこともあったのではないかと推察する。そして、加奈子さんが息子を引き取るための手続きが終わったところで、再度多賀城を訪れ、部屋を大家さんに返却し、小学校で亀と魚を運べるように梱包して巨大な水槽をリサイクルショップに持ち込み(亀と魚の部分だけすごく詳細なのだ)、子どものお別れ会、転出手続き、児童相談所及び里親の方との面談。兄の急死、という暗い導入から始まったこの本が暗い色調をまとわないのは、遺された息子(本人のモノローグはないが)の向かう先が明るく見えるからだろう。

過去との訣別。作者本人の過去の抹殺ではないが、共に育った兄との確執などを思い、それらすべてがもう何もない状態になる、というための儀式を猛スピードで進めた記録。父母も既に亡く、兄に先立たれた妹は家族でただ一人となり、兄の終いはつまり、自分の生まれ育った家族の終いでもある。と同時に、こうして兄のことを思う時間を費やしたことで、兄は何かを残し続け、それが作者自身をも救っているのだろう、と思う。
死者は覚えている人がいる限り、生き続けている、という一つの証のような一冊。きれいごとではなかったことが推察されるけれど、それでも生きていたことに意義があることを伝えている。

#読書 #読書感想文 #村井理子 #兄の終い #CCCメディアハウス #ゼロからトースターを作ってみた結果

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