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宮内悠介『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』(毎日読書メモ(462))

宮内悠介『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』(幻冬舎)を読んだ。主人公は木下杢太郎、舞台は明治末期の東京、耽美主義、ロマン主義的な作家や画家が集まって結成した「パンの会」の会合で、会員が見聞きした事件についてああでもないこうでもないと謎解きをする、安楽椅子探偵スタイルのミステリー。
木下杢太郎...名前は昔から知っているよ、何でだろう、と思ったら、たぶん、鈴木三重吉が主宰していた童話・童謡雑誌「赤い鳥」に作品を発表していたのだな。子どもの頃、小峰書店の『赤い鳥代表作集』を何回も繰り返して読んでいたので、木下杢太郎という名前はとても懐かしい感じ。なのに、当時読んだ作品の記憶もないし(どうやら「花屋の娘」という作品が収録されていた模様)、その後、木下杢太郎の作品を読んだこともない。
木下杢太郎は1885(明治18)年~1945(昭和20)年、詩人、劇作家、翻訳家、美術史・切支丹史研究家、皮膚科の医学者、大学医学部の教授、とWikipediaに書いてある。この作品の中でも、医学者の道を歩みながら文学への憧れはつのる一方で、医学と文学二足の草鞋を履いている先達、森鴎外への憧れがさまざまな形で描かれている。医学をなげうってでも文学をつきつめたいという気持ちにさいなまれながら、仲間たちと牧神パンの会を結成。
白樺派のような自然主義の作家たちと一線を画し、美のための美の運動をする場として、パンの会の会合が開催されるのが、両国の西洋料理屋「第一やまと」である。明治41年12月の第1回会合では、公衆の面前で切り殺された菊人形の謎、明治42年1月の第2回会合では、浅草十二階からの転落事件、同月の第3回会合では、華族の屋敷で生まれたばかりの赤ん坊が怪奇的な殺され方をした殺人事件、同年2月の第4回会合では上野の博覧会会場での発砲事件、同月の第5回会合ではお茶の水のニコライ会堂での人死に、同年3月の第6回会合では市ヶ谷の陸軍士官学校での青酸カリ自殺にまつわる謎解き、いずれも既に終わっている事件について、手持ちの情報を元に、事件の真相を会の仲間たちがああでもないこうでもない、と論じ合っていると、料理を運んで来た女中のあやのが、側聞きした情報から鮮やかに謎解きをして見せる。料理運んでる安楽椅子探偵! 明治40年代の世相とか、当時の文化人たちも食べつけなかった新しい西洋料理の数々、さまざまな小道具が、ミステリを彩る。
パンの会自体は、明治41(1908)年から、大正2(1913)年頃まで活動していたようで、作者は、研究書に多くあたり、各回の参加者などは忠実に再現しつつ、若干の虚構を交え、架空のミステリ世界を構築している。木下杢太郎以外の登場人物としては、北原白秋、吉井勇、石井柏亭(画家)、山本鼎(画家)、森田恒友(画家)、磯辺忠一(画家、紙幣のデザイナー)、平野萬里(歌人)、長田幹彦(小説家)、栗山茂(詩人、外交官)、フリッツ・ルンプ(日本文化研究者)、石川啄木、倉田白羊(画家)。森鴎外も会合には現れないが、ちょっと登場する。名探偵である女中のあやのの正体は虚構、というか遊び的であるが、あやのが正体をあらわすラストシーンで突然小説が先日読んだ柚木麻子『らんたん』の世界に近づいたような、遠ざかったような。石川啄木は、ブルジョア的なパンの会の会合にちらっと現れて、その後生活のための文学に戻るよ、と去っていく。
富むもの、貧するもの、さまざまな光景の中、鮮やかに立ち上がる、明治の東京の姿。そこに、最終話でちょっと昭和の幻影が映し出され、ミステリの向こうに幻想小説的な要素が見えてもくる。第1話で切り殺された菊人形は乃木希典の姿をしたものだった。それは明治の終焉とともに自死した乃木将軍の未来を暗示していたのか。
物語を追うだけでなく、色々な読みを許してくれる、興味深い本だった。
宮内悠介はこれまで『盤上の夜』、『ヨハネスブルクの天使たち』、『あとは野となれ大和撫子』を読んだが、どれもテイストが違い、作家としての幅の広さをあらためて感じた。

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