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米澤穂信『可燃物』(毎日読書メモ(525))

米澤穂信『可燃物』(文藝春秋)を読んだ。「オール讀物」に連載された、群馬県警の警部かつらを主人公とした連作短編。主人公、といっても、葛の人間ドラマが主題ではない。逆に、単行本化する際に、雑誌掲載時には若干含まれていた葛の心情的な描写を意図的に削ったとのこと。
群馬県内で起こったさまざまな事件に葛がどうアプローチし、ぱっと見判然としない真相をどう明らかにしていったかが描かれる。
警察なので、被疑者を逮捕しなくてはならない訳だが、葛の視線はフーダニットではなくホワイダニットに向いている印象。その思考回路を理解してくれる上司、してくれない上司、したくない上司との人間関係の絡みがあり、組織の中でどう自分の捜査を貫けるかを考えながら、ずっとずっと推理を続ける葛。
群馬県を舞台にした警察小説なので、読み始めて、横山秀夫っぽい...と思ったのだが、著者のインタビューを読んだら、実際執筆にあたり、横山秀夫の小説を参考にしたらいい。

謎は5つ。
崖の下:バックカントリースキーに行って遭難した4人の若者のうち2人が崖の下で発見され、1人は重体、1人は他殺体。雪の中、他に足跡もないのに、凶器がない。この2人に何が起こったのか。
ねむけ:強盗傷害の容疑者が、追跡中に、警察から見えない場所で交通事故の当事者となる。被疑者を信号無視で別件逮捕出来るか? 複数の目撃者の証言で、被疑者が信号無視をしたと言っているが、警察を撒こうとしていた被疑者が信号無視などするだろうか?
命の恩:ハイキングコースで人間の腕が発見され、その後の捜査で身体の他の部分も発見される。死体の身元がわかり、容疑者も浮上するが、自白した容疑者の証言と死体の状況が合致しない。
可燃物:連続放火事件が起こり、警察が捜査を始めたら放火はぱたっと止んだ。犯人の目的は何だったのか。目的は果たされたのか。
本物か:ファミレスの店長室での立てこもり事件。立てこもった男には前科があり、子連れでファミレスに来て、店員にクレームを付ける案件が発生しているが、それが何故立てこもりに結び付くのか。小さい子ども連れで立てこもりをした事情は?

どの謎にも「やるせない」という印象が残る、切ない謎ばかりだ。
犯人の動機のやるせなさ、犯人じゃない人達の状況のやるせなさ。
葛はありとあらゆる状況を疑う。精神的に動揺が激しいはずの参考人が理路整然と状況説明をしてはおかしいと思い、知り合いでもない複数の証人の言うことがあまりに一致していると、矛盾点を探す。
シェアできない思考回路を元に犯人をあげるという行為は、同僚や後任に伝達しがたいものがあり、上司には必ずしもよしとはされない。それでも葛は考える、ひたすら考える。殆ど睡眠もとらず、でも集中力がとぎれないように自らを律しながら、事件解決までは自席で菓子パンをカフェオレで流し込みながら、どたんばで真理のようなものを見つける。
いや、勿論それが真理である、と思うこと自体が小説世界だからなのかもしれない。誰にとっても普遍的な真実なんて存在しないのかもしれない。
それでも、読者は、葛の見つけた「真理」に驚き、また切なさに泣く。



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