古矢永塔子『七度笑えば、恋の味』(毎日読書メモ(519))
古矢永塔子の『七度笑えば、恋の味』(小学館)を読んだ。小学館の「日本おいしい小説大賞」第1回受賞作。
古矢永塔子、という小説の名前を知ったのは、朝日新聞の書評欄で、近作『ずっとそこにいるつもり?』(集英社)を、藤田香織さんが絶賛しているのを読んで。とりあえず、過去の作品を読んでみようと、予備知識なしに読む。
自分の人生に納得のいっていない女性主人公の自分探し、というのは、多くの、主に女性作家の手掛けるテーマだし、それに魅力的なメニューやレシピを重要な要素として盛り込む、というのもある意味ありがちではある。
「日本おいしい小説大賞」は2020年に創設され、2021年に第3回の受賞作が発表されて以降、受賞作品が出ていないようだが(資金難? 有力作がない??)、その第1回に3人の審査員(山本一力、柏井壽、小山薫堂)の満票を得た作品とのこと。
小説の舞台は横浜、というところにも親近感。相鉄線沿線の、単身高齢者向けマンション「みぎわ荘」で、居住者に食事を提供する会社で働く桐子は、自分の容貌に劣等感を持ち、顔をマスクで隠し(ちなみに時代はコロナ前だ)、職場の人とも距離を置いて暮らしている。
あっけらかんと明るい職場の若いバイトの男の子に反感を持ち、提供する食事を美味しく食べてもらいたいと心を込めて配膳しつつ、自分の料理を喜んでくれる人なんていないのだ、という絶望感にさいなまれる桐子。
そんな桐子は、退勤後、横浜駅で乗り換える間に大変身する。その変身にあっと驚き、桐子の謎の人生と生活に引き付けられる。そういう意味で、わたしにはこの小説はあまり料理をテーマとした小説には思えなかった。元々「おいしい小説大賞」がイメージしたのは池波正太郎の小説らしいので、食が本筋でないのは別にいいのかもしれないが、桐子を癒す、さまざまな料理よりは、小説のテーマのルッキズムの毒素があまりに強い気が。
ルッキズムや「映え」の呪いを解くための魔法として、小出しに出てくる、居酒屋「やぶへび」で、みぎわ荘の謎の住人匙田さんがつくってくれる料理はそれぞれに魅力的だが、匙田さんに救われる前に、もっと、自分の家族や自分自身と誠実に向かい合うことで、桐子が失わないで済んだものが沢山あったのでは、と思ってしまう。
と言いつつ、各章のタイトルから、美味しさをイメージしてみてください。
「酒粕と白菜のミルクスープ」「自家製七色唐辛子」「菜の花そぼろと桜でんぶの二色ご飯」「漬けトマトの冷やし中華」「クレソンとあさりのふわ玉雑炊」「きのこづくしのハンバーグプレート」「たっぷり山葵のみぞれ鍋」
どれもちょっと変わったレシピ。それぞれの背景が桐子と、「やぶへび」に吸い寄せられてきた人たちの人生を変えていく。
そしてこの本のタイトル、「七度笑えば、恋の味」(おいしい小説大賞受賞時のタイトルは「七度洗えば、こいの味」だったそうだが)は、わたしに予備知識がなくて全然わからなかったのだが、
から来ているらしい。
でも、そんなにこの小説の登場人物たちは笑ってないよなー。思いやりはあるけれど、微笑みはあるけれど、笑うとか恋するとか、そういう気持ちの動きは本当にひそやかな感じ。
小説としてとてもまとまっているし、桐子を始めとする登場人物たちがどう行動し、どこに向かっていくのかは気になるけれど、焦点がどこにあるのか、なんとなく見にくい印象だったな、と。
まぁテーマをピンポイントにしないことで拡張性を感じさせる作りだったとも言えるかな。色々な読みを可能とする小説。
登場人物の中では「やぶへび」の店主の孫、小学生の祥太郎が大好きだった。祥太郎が桐子を親友に指定し、普段見せない葛藤を桐子にさらけ出す光景が、この小説の中で一番好きだったかも。
まとまりのない感想になってしまったが、また、『ずっとそこにいるつもり?』を読んだら、また感想書く。きっと書く。
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