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千早茜『ガーデン』(毎日読書メモ(478))

千早茜『ガーデン』(文藝春秋、のち文春文庫)を読んだ。千早茜と言う小説家の世界を色々体験してみたくて、色々拾っては読んでみようと。これは2017年に刊行された小説で、「別冊文藝春秋」に連載されていたもの。

主人公の羽野くんは、出版社で雑誌編集の仕事をしている若者。スペック高目で、仕事関係で出合う色んな女子にコナをかけられるが、心が動くことがない。他者と深い関係をもちたいと思っていない。
(でも、アロマンティック・アセクシャル、という訳でもない感じなんだよね)
羽野のアイデンティティは帰国子女であったことにあるようだ。南方の、発展途上国で、塀に囲まれた大邸宅で何人もの使用人を使っている暮らし。送り迎えなしには学校にも通えず(そして日本人学校なので特に語学が堪能になることもなく)、自分一人で外に出ることなんてありえない。
そして、羽野の一人語りの中に出てくる思い出話を読み進めると、帰国子女として色眼鏡で見続けられた、帰国後の傷つきもさることながら(というか、大の大人になってなお、羽野君は帰国子女なんだよね、と枕詞のように言われるほど、帰国子女って大きいのか、ってちょっと違和感もある。バイリンガルって訳でもないのに)、異郷での暮らしの中で、母親との健全な関係性が築けていなかったことが、羽野のトラウマだったのではないか、と思えた。
誰に対しても踏み込まない、踏み込みたくない、踏み込まれたくない羽野が偏愛するのは、家で丹精して育てている熱帯植物たちだ。植物がストレスなく育つ環境を整え、生活の優先度は植物を成長させることにある。
そんな羽野にかかわってくる女性たちは、フェードアウトしていったり、生活のリズムを崩して、会社に来られなくなったり、別の男性との子どもを妊娠して結婚したり。誰にも手を差し伸べなかった羽野がちょっと心を動かしたのは、取材した有名建築家の愛人で、やはり帰国子女の理沙子だった。超然とした存在感を放っていた理沙子も、表面を糊塗していたものがはがれてきたら、意外と陳腐な女性だった。羽野の心の震えは、結局宙ぶらりんなまま消えていく。いや、消えたのではないのか?
恋愛感情なしに自分をさらけ出すことの出来ていた緋奈が、自分の前から消えたことで、自分の臆病さに愛想をつかされた、と自認する羽野。そぎ落とされた欲望を、直視したら、羽野は新しい場所に行けるのか?

羽野の幸福は何なんだろう、と考える。たぶん、自分自身にも周囲の人にもわからない幸福を掴むためのよすがが、巻末に潜んでたのかもしれない。

#読書 #読書感想文 #千早茜 #ガーデン #文春文庫 #帰国子女

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