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毎日読書メモ(42)『ながい坂』(山本周五郎)

恩田陸のMOOK『白の劇場』(河出書房新社)の中に、恩田陸の読書日記が入っていて、そこに山本周五郎『ながい坂』(上下・新潮文庫)について語られていたのに惹かれ、初めて『ながい坂』を読んでみた。山本周五郎ってこれまで殆ど縁がなく、高校時代に『さぶ』を読んだことがあったきり(高校の芸術鑑賞会で前進座の「さぶ」を見ることになったので、その時に読んだ)。面白かったし、読みやすかったが、そこからがんがんと時代小説を読む方向にいかなかったのだ。

新潮社のウェブサイトに出ている『ながい坂』の紹介

上巻:徒士組の子に生まれた阿部小三郎は、幼少期に身分の差ゆえに受けた屈辱に深い憤りを覚え、人間として目覚める。その口惜しさをバネに文武に励み成長した小三郎は、名を三浦主水正と改め、藩中でも異例の抜擢を受ける。藩主・飛騨守昌治が計画した大堰堤工事の責任者として、主水正は様々な妨害にも屈せず完成を目指し邁進する。

下巻:突然の堰堤工事の中止。城代家老の交代。三浦主水正の命を狙う刺客。その背後には藩主継承をめぐる陰謀が蠢いていた。だが主水正は艱難に耐え藩政改革を進める。身分で人が差別される不条理を二度と起こさぬために――。重い荷を背負い長い坂を上り続ける、それが人生。一人の男の孤独で厳しい半生を描く周五郎文学の到達点。

上下1000ページを超える大作(山本周五郎の著作の中では上中下巻に分かれている『樅の木は残った』に次ぐ長さらしい)なので、上記梗概では触れられていない側面の中にも重要な部分は沢山あり、すべての要素が印象的で、自分自身を顧みるきっかけともなる。表現は平明で、どんどん読み進めることが出来る。さすが山本周五郎。

舞台となる架空の藩は七万八千石の小藩だが、山から材木を切り出し、農業のあがりにも余裕があり、見たところ、財政的な問題があるようには思われない。しかし、英明な藩主飛騨守昌治は、腹心となった三浦主水正に山上憶良の「貧窮問答歌」を読ませ、豊かさの影にも、生活に苦しむ人々のかげがあることを示唆する。

徒士組(下級武士)の家に生まれ、権力者の前で、しもじもが何も抵抗できない、という強烈な体験をしたことをきっかけに、自らの努力により上を目指すことを決めた小三郎は、他人の弱さに対する共感を自らに封じ、成り上がりに対する反感をかわし、ひたすらに藩主と、藩主が目指す藩の財政状況に対する改良のために働く。弱音は吐かない。結婚をきっかけに三浦主水正と名乗るようになるが、家庭生活は幸福なものとはならず、外で女を囲い、子までなすが、心を預けまい、と自らの気持ちに蓋をし続ける。

しかし、藩内の権力闘争、権益の奪い合いの中で、藩政は翻弄され、主水正も生命を狙われ、遁走したと見せかけて、潜伏する。そんな中、留守宅を守る妻が毅然とした態度で政敵から家名を守るべく尽力してくれたことを知る。

他人からは上昇志向、と言われ、理解されないままひたすら励み、自分にも他人にも厳しく生きてきた主水正の姿は、ある意味スーパーマン的で、結果として主水正の在り方により人生が変わってしまった登場人物もいた。主水正本人の苦悶と、それを乗り越えようとする姿は痛々しく、読者の共感を得ることはなかなか難しいのだが、後半に至り、家族との関係、他者との関係が少しずつ変わっていく過程が、あんまり現実的な感じではないにもかかわらず、手をぎゅっと握りしめて見守りたくなる感じ。

誰が味方で誰が敵なのか、複雑な藩政の中で、家臣たちと商人たち、そして農業、林業、堰堤工事に従事するものたちの中で、自らというよりは藩政をよくすることに共感する人を見つけ、転覆させられた藩政を回復するために尽力する主水正たち。自らの人生を、ずっとながい坂を登り続けているような、と例えた主水正の人生はこの本の最後のページを閉じてもまだ続くが、坂の上から見えた景色はいかばかりか、と考えさせられる。


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