トニー滝谷

<2005年6月23日の日記>今日の読書は村上春樹『レキシントンの幽霊』(文春文庫)。夕方、映画「トニー滝谷」を見に行くため、予習読書。『レキシントンの幽霊』は単行本が出たのが1996年11月で、わたしが怒涛の育児をしていた時代なので、この頃以降の本って、あまり再読していない(わたし史の中でプレ出産とポスト出産では読書スタンスがすっかり変わってしまったので、こんなに好きな村上春樹も、1995年以降に発行された本は1回か2回しか読んでない本が大半)。もしかして8年半ぶり? すごく新鮮な気分で読む。わたし的には最近、でも実際は発表から10年くらいたっている作品ばかりだが、この時期の村上春樹は、自分の中の心の闇とか、自分に対する誰かの悪意、みたいなものを具体的に描こうとすることに凝っていた感じがする。設定とかを見ていると、これが村上春樹である必要があるのか?、と思ったりするのだが、完結しているのかしていないのかわからないような物語の中には、やはり紛れもなく作者がいるのだった。「トニー滝谷」は初出の「文藝春秋」でショートバージョンを読み、その後単行本でこのロングバージョンを読んだのだったと思うが、父親の歴史とか細かい部分を全然覚えていなかった自分に逆に驚く。また、短編なのに、大河小説のように、主人公の生まれるに至った経緯(父親の伝記から)から家族を得て失って孤独になっていくまでがえんえんと描かれている、というのも、考えてみればすごいことである。
映画「トニー滝谷」は、もともとCMディレクターとして有名だった(禁煙パイポとかタンスにゴンとか)市川準監督(映画監督としてぱっと思い出す作品は「TUGUMI」かな。牧瀬里穂と中島朋子)が、脚本・監督を手がけた映画で、春先に新宿と渋谷で上映していたとき、見たい見たいとずっと思っていたのに、結局映画のために都心まで出てくる時間の余裕を作れず、上映終了してしまったのだが、今週、4回だけイクスピアリのシネコンで上映されることになり、今度こそ見ようと、子どもを友人に頼み、久々に行って来ましたイクスピアリ。
「トニー滝谷」は、「イクスピアリ・ムービー&ファン」というイベントの一環での上映なので、なんと映画料金は800円であった。4回しか上映がないので、一体どの程度混むのか全然読めずに入ったが、まぁ、ほどほどの大きさのシアターで、スクリーンを無理なく見える場所はすかすかでない程度に埋まっている、という雰囲気(上映時間ぎりぎりでも、人にちょっと譲ってもらって列の中の方に入れる、という感じ)。映画の予告編は「フライ・ダディ・フライ」「大停電の夜に」の2本しかやらず残念。
さて映画。とても淡々とした映画だった。色彩もモノトーン中心で、静かな感じ。西島秀俊が出来るだけ抑揚を排除して、原作の地の文を読み上げていく(今朝原文を読んだばかりなので、自分の記憶も平行して物語を読んでいた)そして、その読み上げている文章の最後の部分を、画面の人物がくみ上げるようにナレーターから引き取って淡々と文章を言う。時間の経緯が、画面を右から左にずらし、一瞬暗い部分を通過させ、次のシーンに移るという場面転換。見晴らしのいい丘の上に仕事場兼住居を構えたトニー滝谷の光にあふれた生活。イッセー尾形が父省三郎役も演じ、また、自分自身を大学生時代から演じるのだが、髪を伸ばして一心不乱に絵を描いているイッセー尾形、勿論全然大学生には見えません。でもイッセー尾形の物まね芸の一環、みたいに見えるところがすごい? そして宮沢りえ...。小説中では名前を与えられていないトニー滝谷の妻そして、彼女の死後秘書募集に応募してくる若い女性の二役演じる宮沢りえは、ちゃんとキャラクターによって雰囲気を演じ分けていてなかなかいい。洋服を身にまとうために生まれてきたような、という感じがきちんと出ていて、どの服を着ていても宮沢りえは魅力的。買い物三昧するシーンでは、彼女の足元だけを映し、ミュールだのパンプスだのショートブーツだのロングブーツだの、カモシカのような細い細い足がとてもきれいに撮ってあって、ため息が出る。20歳頃の彼女の輝くような美しさから、怖いほどの拒食の顔を経て、まだ彼女はやせすぎだと思うが、なんて深くて美しい顔をしているんだろう、としみじみ思う。そして、秘書に応募してきて、彼女が遺していった服を見て泣く女性は、きちっと野暮ったさを出し、でもはっとする位繊細で美しい雰囲気も出ている。細かい設定はちょっと変えてあるし、また、最後の部分で、原作の末尾の文以降の物語を作ってしまっているところは評価の難しいところだが(手袋をあげようとするおばさん=木野花のシーンとか、パーティーで妻の元彼と会うシーンとか。後者はピリっと効いていたが、それは村上春樹的ではなく、これは市川準の感性か)、原作を忠実に映像にしているという意味で、大変すてきな映画だったな、と思う。
ちなみにわたしは池袋の「文芸地下」という映画館で「風の歌を聴け」と「パン屋襲撃」は見た。「パン屋襲撃」「100%の女の子」のDVDはちょっとかなり欲しいかも。山川直人好きだし。
坂本龍一の音楽もよかった! なんで村上春樹の小説にはああいうさびしげな音楽が似合うんだろう? にぎやかなのは途中、省三郎がライブハウスでジャズバンドと演奏しているシーン位だったよね...。
宮沢りえが、かわった形のサボテンの世話をしているシーンも好きだったし、彼女の死後、イッセー尾形が霧吹きでサボテンに水をかけようとしたら、霧吹きが壊れてしまってうまく水が出ない、という感じも、さびしくてよかった。
無機質にきれいに片づいた家が、主婦を失ったあとも保たれているところなんかも、この映画の現実感のなさが現れていて(うちではありえない美しさ・笑)よかった。
村上春樹の小説世界はやっぱり現実的じゃないんだよね。その辺が、再現出来ているところがこの映画の評価を高めた? 「風の歌を聴け」がファン受けしなかったのは、村上春樹世界にしては生々しくなりすぎたからかも。大森一樹の作品、と思ってみれば好意的にとらえられたんじゃないかな。

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