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毎日読書メモ(70)『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ)

本屋の店頭で、ずっと平積みされているのを見ていて、文庫になったら買おう、と決めていた、ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)、ようやく読んだ。予想以上に素晴らしい本だった。

作者は英国、ブライトンでアイルランド系(カトリック信者)の夫と中学生の息子と3人で暮らしている。息子は幼少時には白人に近い風貌をしていたのが、成長するにしたがい、どちらかというと母の遺伝をつよく反映した、東洋人的な外見になってきて、道で人種差別的な言葉を投げかけられることもある。一方で母の故郷(福岡)に帰省すると、日本語も話せず、こちらでも異邦人扱いされたりする。自ら望んだわけでないのに、マージナルな存在。絶えずアイデンティティを問われる日々。

ブレイディみかこは、保育士として仕事をしていた時期があり、保育士としてのキャリアを開始した「底辺保育所」で、社会の底辺であがく親子を多く見てきた。息子もこの保育所に通っていたが、小学校は、カトリック系の公立小学校に入り、教育熱心な家庭に育ち、かつ様々な民族的出自をもつ子どもたちと共に学んできた。そのままカトリック系の中学校に進学するもの、と思っていたら、息子が進学を希望したのは、家から近い、「元底辺中学校」だった。白人労働者階級の子どもたちが多く通う学校で、殆どの子どもが白人であることから、人種差別を受ける可能性が高いことなどから、父親はこの中学への進学に反対する。しかし、親子はこの学校で、多様性とは何か、を考える多くの機会を持つこととなる。

レイシズムの撲滅という国家的な方針があっても、各論的に差別的な言動をする大人たち、その大人たちに育てられた子どもたちもまた差別的な言動をしてしまう。性教育の際に、女性器の映像も見せられ、更にFGM(Female Genital Mutilation:アフリカの一部の地域等で行われている女性器の切除)についても教えられる。しかしこれを学校教育で教えるというのは逆に、長期休暇等に母国に帰国してFGMを行われる惧れがある生徒がいる、ということを学校が意識しているという意味にもなる。LGBTQについてもおおらかに語る人がいる一方で、眉を顰める人がいる。多様化社会を生きる、ということは想像もつかないくらいタフなことである、ということが、行間から読み取れる。この本に書かれている時期はまだ、英国がEUからの離脱についての決議を行おうとしている時期だったので、どちらの立場の人も声を大きくして主張していた時期でもあった。子どもたちの中にも対立があれば、その背後の家族関係も子どもの成長と大きく絡んでいることもほの見える。

その中で、大きく取り上げられ、この本に限らず、ブレイディみかこの著作の中で論じられているのがエンパシー(他人の靴を履いてみること)についてだ。

Sympathyは、誰か理解しようと気にかける感情、そして同意のことであり、Empathyは、「他人の感情や経験などを理解する能力」のことである。感情(シンパシー)は自然に発するものであるが、エンパシーは、自分とは異なるものについて理解しようとする「能力」、自分がその人の立場だったらどう考え感じただろうと、想像し、その人の思いを分かち合う力だ。自分と違うものについて理解しようとしていない人たちの姿を多く目の当たりにしつつ、息子も母も、多面的にものをとらえ、相手のことを理解しようとする試みを怠らない。その過程には多くの悩みもあるが、各章でそれぞれが落としどころを見つけて成長していることが伝わってきて、親子のタフさと理解力に感銘を受ける。

そして、多様性を認められる力が重視されるけれど、そもそも認められにくい多様性が多く世の中に存在することの苦しみ。この本の中で印象的だったのは、「アイデンティティの袋小路」という表現と共に紹介された、近所のパブの店主の言葉だ。

「ヒラリー・クリントンは、黒人のところに行って『あなたたちのための政治を行います』と言った。ヒスパニックのところに行って『あなたたちのためにやります』と言った。女性のところに行って、同性愛者のところに行って『あなたたちのために』と言った。で、トランプは何と言った? 『俺はアメリカのための政治をやる』と言ったんだよ。どっちが包摂的(インクルーシヴ)に聞こえるだろうな? これほど皮肉な話はない」(pp.280-281)

多様性を認めることの美しさに陶酔しているだけでは現実社会は生きていけないという残忍さ。それでも、多様性を理解しようとすること(エンパシー)は、今後さらに大切なこととなっていく。

井の中の蛙のようなわたしも、もっともっと目を開いて、他人の靴を履いてみようとしなくてはならないのだと、中学生の少年に教えられている、そんな本だった。

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