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中島京子『オリーブの実るころ』(毎日読書メモ(436))

中島京子の近刊、『オリーブの実るころ』(講談社)を読んだ。何しろ、『やさしい猫』で社会問題提起しているのに圧倒されてしまったので、あたかも社会運動の作家みたいな感じになってしまったが、今回の作品は、『やさしい猫』の前に発表された『ムーンライト・イン』同様、圧倒されるような不思議な体験をしているけれど、あまりそれを表に出さずに淡々と生きている人の話を、6つの短編小説それぞれ、違った姿で展開している。
初出は6編とも「小説現代」で、2016年から2021年にかけて発表されている。2021年に発表された後半の3編は、新型コロナウィルス感染症の影響も少し反映されているが、基本的には、誰かが体験した不思議な人間関係を、あーこう来るか、という驚きとともに表現している。

【以下ネタバレあり】
6つの作品はそれぞれ独立していて、連関はない。
「家猫」:息子とその母、元妻、今同棲している女の4人が、それぞれに自分の立場から、核となる「息子」の人生を語る、「藪の中」小説。めっちゃホラー。人と人とが理解し合うのはこんなに難しいか、と暗澹たる気持ちになる。
「ローゼンブルクで恋をして」:妻を亡くして、息子といい関係を築いていた父が、終活します、と向かったのは、自宅とは遠く離れた瀬戸内海沿いの町。市民運動から出てきたシングルマザーの候補者の選挙応援に、父は何故のめりこんだのか。
「川端康成が死んだ日」:作者はわたしと同世代。川端康成の自死は、ノーベル文学賞受賞の後だったこともあり、強烈な印象を幼少時のわたしにも残したが、作者は更にモハメド・アリのサイン会とか、成増に開店したばかりのモスバーガーとか、時代の思い出を盛り込みながら、主人公の母の失踪の真相について、小説という形を借りて語る。これは母の物語であると同時に、1972年と言う時代の物語だ。
「ガリップ」:民話ならこれは異種婚姻譚、と呼ばれるであろう、そんな不思議なシチュエーションを、夫の妻が語る。本の帯に「恋のライバルは白鳥だった??」と大書されているし、表紙だって人間男性と結婚する白鳥の絵だ。不思議なグルーヴ感。そして、コハクチョウって寿命30年以上もあるんだ、というのがこの小説の学び。
「オリーブの実るころ」:東京のマンションでたまたま知り合ったツトムさんの、圧倒的な流離譚。北海道、仙台、北海道、東京、そして小豆島。東京の小さな庭に2本植えられたオリーブから、美しい実がなりますように。
「春成と冴子とファンさん」:最初の「家猫」の究極の反対側を行く、結婚間近の男女と、男の父と母と母の彼女の物語。自分がこうありたいという希望を貫きながら老いていくとはこういうことか、と、春成さん、冴子さん、ファンさんに教えらえる。教えられたから、語り手のハツもきっと大丈夫。

人に歴史あり、と、陳腐なことを考えてしまった。
語る場があれば語れる、自分の人生の物語を語らないまま死んでいく人が多いが、ふとしたきっかけで自分の人生を総括するように、それまでの人生を語る、そんなシチュエーションが、この本の中にあった。
わたし自身の人生ってどんなん、と思いつつ、ため息をついて本を閉じる。
失われては勿体ない世界が、それぞれの内側にあるんだな。

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