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毎日読書メモ(215)『活版印刷三日月堂 庭のアルバム』(ほしおさなえ)

少し間があいたが、ほしおさなえ『活版印刷三日月堂』第3巻にあたる「庭のアルバム」(ポプラ文庫)を読む(1の感想 2の感想)。
引き続き、4つのストーリーが入っていて、前の話で作られた印刷物がリレーのように次の物語につながっている。殆どの登場人物は2つの連続した物語にだけ登場して退場するが、デザイン事務所の金子君だけは回をまたいで登場する準レギュラーに。この先重要な役割を担うようになるのか?
その回の主役となる人は、それぞれに葛藤を抱え、三日月堂の印刷物と出逢うことで、なんらかの救いを得られる、という展開の繰り返しで、そんなに都合のいいことあるかい、と思っちゃうとおしまいだ。美しい道具立てと、出来上がった印刷物を頭の中でイメージし(一部は章の扉の写真で具現されている)、登場人物と一緒に一喜一憂して、自分の気持ちも救われる。
第1話と第3話は、自分の立ち位置に自信を持てない人の物語で、読んでいて、石川啄木の「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」を思い出した。他者との比較で自縄自縛になっている主人公に、違った視点を与えるきっかけとしての三日月堂。
第2話と第4話は、月子が幼いうちに亡くなった母カナコと深く結びつく物語。亡くなった母の年齢に近くなってきた月子は既に肉親がなく、母の話を聞ける人もいない。カナコが作っていた短歌と、カナコの大学時代の同級生から聞く思い出話により、月子にも救いの手が差し伸べられる。そして、祖父が残した大型の印刷機は、交換部品もなく、自分で動かせることはないだろう、と半ば諦めていたのが、ふとした縁から、盛岡の印刷会社でかつて活版印刷を実際に職人として行っていたご隠居に、話を聞いてもらう機会を得る。一方で、大型印刷機を再生させられたとして、それは商売としてペイするのか、という課題は残る。どの登場人物も、月子と話し、活版印刷に惹かれつつ、では、活版印刷所で生計を立てられるだけのことが出来るのだろうか、という疑問を持っている。
盛岡の印刷会社を訪ねた月子が、大型印刷機を前に、八木重吉の詩を組版して、小さな冊子を作ろうとするシーンで、拾われた文字列を読んで涙する。

虫が鳴いてる
いま ないておかなければ
もう駄目だというふうに鳴いてる
しぜんと
涙をさそわれる

八木重吉「虫」

木に眼がって人を見ている

八木重吉「冬」

草をむしれば
あたりが かるくなってくる
わたしが
草をむしっているだけになってくる

八木重吉「草をむしる」

きつく死をみつめた私のこころは
桃子がおどるのを見てうれしかった

八木重吉「踊」(部分)

高校生で初めて八木重吉の詩を読んだときの気持ちを思い出し、八木重吉に救われる心持ちについて考えたりした。
川越の街並み、活版印刷の風合い、選ばれた言葉たち、さまざまな要素がこのシリーズをきらめかせている。

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