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中島京子『ムーンライト・イン』(毎日読書メモ(321))

中島京子『ムーンライト・イン』(角川書店)読了。先日、『やさしい猫』(感想ここ)を読んだ後で、近作を一つ読み飛ばしていたのに気づいたので、あらあら、と思いながら読む。中島京子は一作ずつテーマも作風もすごく違うので、別に引きずられることもなく、独立した作品として読む。中島京子の本は、どの作品も、登場人物たちの弱さとか情けなさとかに正面から向かって描いていて、それに勝るやさしさがじんわりと伝わってくる。

全然別件だが『やさしい猫』を読んだ後に、映画「マイスモールランド」(川和田恵真監督)の各種プレスリリースを読むとぐっと胸を掴まれる。『やさしい猫』の中で主人公マヤと深い関係を持つ日本生まれのクルド人少年ハヤトのエピソードは、解決されないまま終わってしまい、気持ちがすごく重たいのだが、「マイスモールランド」で嵐莉菜が演じるクルド人少女サーリャも、同じ問題を抱え、自分ではどうしようもない枷に苦しんでいる。日本における難民受け入れについて、引き続き注目していきたい。

『ムーンライト・イン』に戻る。舞台は、高原列車の泊まる駅にほど近い場所、と言うことで、地名は明示されていないが、主人公栗田拓海が駅を出て、自転車で走っていくとすぐ、「巨大コーヒーポットのオブジェだが店だか」にぶつかるので、土地勘のある人にはそこがどこだかすぐわかる。そのすぐ近くにはSGF(サバイバルゲームフィールド)。そして、人っ子一人見当たらない中、ようやく灯りが見えてたどり着いた場所が、その後「ムーンライト・イン」と呼ばれる、老若男女の集う建物だった。集う、と言っても、拓海が入り込んでも総勢5人。それぞれの事情を抱えた5人が、不器用に今を生きる。

読み進めると、誰もが、何かに踏み込めず、そんなん誰かに確認すれば解決するのに、というような、第三者的には些細な問題に戸惑い、そこで立ち止まってしまっているのが物語の前提となり、また物語を停滞させていることが見えてくる。ムーンライト・インの生活は、そうした危ういバランスの上に成り立っていて、外部からの働きかけによって、惑いから解放された事案もあるし、問題が顕在化して、振り出しに戻った事案もある。惑いの中、みんな、それぞれに自分の将来について決断する。その決断を他のみんなが尊重する。その決断の在り方は、長い目で見るとその人の幸せになると、読んでいるわたしたちは信じたい。信じたいと思える気持ちがこの本から掘り出される宝石なのだと思う。

『「死にたい」「消えたい」と思ったことがあるあなたへ (14歳の世渡り術) 』を読んで以来(感想ここ)、自分を無理に好きになろうとする必要はないが、自分を大事にすることをよく考えてほしい、という、すべての人への語りかけを意識することが多いのだが、『ムーンライト・イン』も、自己肯定感を養生することについて、考えさせてくれる1冊だった。

虹サンも、かおるさんも、塔子さんも、マリー・ジョイも、拓海も、自分を大切にして、幸せでありますように。もっと幸せになりますように。

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