見出し画像

イエテ◯ソラへ (14)☆ 兄の言い分 ☆

 次のページからは、えんえんと文字が続いていた。
《ああいう時、あいつが黙っていてくれたら! オレの気がしずまるのを、黙って待っていてくれたら! 叶わない望みだけど、そう願わずにはいられない。 悪いのはオレだ、って、わかってる。自分で自分が抑えられない、どうしようもなく、オレが悪い。

 カーッとなった瞬間、オレの頭ん中は真っ白だ、いや、真っ赤か? 腹ん中のマグマが噴き上げるみたいだ。そんな時、自分が何をしてるのか、意識なんてない。気がついたら、ガラクタだらけ。なんてことしたんだ! 後悔がどっとくる。
 いけね、悪い、ゴメン、またやっちまった! チクチク胸が刺される。抑えられない自分が情けなくて、涙が出そうになる。涙なんか見せたら、かっこつかねえから、必死でこらえる。

 ところが、それをぶっ飛ばして消してしまうのが、あいつのものすごい連続攻撃だ。ヒステリーみたいに、わめきちらす。
 こんなに気をつかってるのに、どうしてわからないのよ! だれのおかげで、そうやって暮していけると思ってるの! あなたが変な友だちにひっかからないように、心配して、どこが悪いのよっ! あなたの将来を思っての、意見を言えないなんて、親じゃないわ! わたしが、いつあなたに強制した? 言ってごらんよ。何日何時に言ったか、はっきり言ってみてよ!

 うるせえ! 黙ってろ! 恩着せやがって。だれも産んでくれ、だの、育ててくれだの、頼んでねえや、だれがおまえのとこなんかに、生まれたいやつがいるもんか。さっきのゴメン! なんて、おかしくって言えるか! いま、思い出しただけでも、腹が煮えてくる。よけいなせわ、やりやがって。
 だいたい、オレの親友が髪を染めてたり、バイク好きがいたり、暗い顔して、ろくに口もきかなかったり、太いズボンをはいてるやつもいるからって、変な言いがかりをつけやがって!
 自分の方こそ、流行だとかなんだとか、ひらひらのブラウス着て、若いふりしたり、みっともないぜ、人のこと言えた義理か?

 だいたい、オレたちがどんな話をしてるか、知りもしねえくせに、よけいな口出しすんな!
 翔太(しょうた)はな、染物屋を継ぐつもりでいるんだ。農学部を目指すか、専門学校にするか、調べてる最中なんだ。 藍の染物とか、植物の染料は、微生物の働きに関係があるんだと。おやじさんにもできなかったことを、専門的にやろうと決めているんだ。すげえよ。すげえやつなんだ。
 オレはあいつの話がおもしろくて、教わることが多くて、オレも何か物を作ることを、やってみたい、と思うようになった。
 太いズボンにも、ちゃんと理由はあるんだ。あいつの場合は流行とか、ええかっこのためじゃない。染めの作業をする時は、立ったり座ったりが多いから、おやじさんの〈作務衣〉みたいに、ゆったりしたのがいいんだ。
 こんなこと、話のわかんねえやつに、いちいち説明したくもねえや。 

 翔太に借りた、染物や酵母の本を読んで、へえ、そんな世界もあるんだ、とおもしろがっていたら、そんな本を読むひまがあったら、もっと受験勉強に身を入れたら···だと。
 おせっかいめ、笑わせるぜ。それが大学を出た人間の吐く言葉か! 読書こそ、人生勉強の始まりであり、究極であること、がまるでわかってない。おろかの極みだ!

 何かと言えば、成績がまた下がって、と成績や順位ばかり気にする。むかつくぜ。がんばったつもりなのに結果が出なくて、参ってるのはオレなのに、追いうちをかけやがる。
 ついでに言えば、おやじもおやじだ。忙しすぎて、は口実だろ。たまに本をくれたり、電子辞書をくれたりはしてくれるが、あいつにほぼすべてを任せて、具体的に関わろうとはせず、相談に乗ってくれるわけでもない。
 むしろ、研究の方にわくわくして、没頭して、まるでゲームのゴールを目指して、夢中でパソコンのキーをたたいてる、子どもみたいじゃないか。
 次世代太陽電池の、開発か何か知らないが、その中身について、話してくれたことはないし、ときどき家庭にあらわれる、別世界人間みたいだ。
 親づらしてるくせに、オレがだれとつきあい、何を考えているかなど、考えたこともないはずだ》

 兄さんはパパのことを、こんなふうに思っていたんだ。わたしだって、パパとはめったに会えないけど、会えさえすれば、いつでも話をきいてくれる人だと思っ ていた。ひどいよ、別世界人間なんて。わたしはパパが大好きなのに · · ·。
 でもでも、そう言えば、兄さんがおじさんちに移った後、パパはママから聞いてるはずなのに、黙って受け入れただけだった。わたしはあの時、パパがなんとかしてくれる、と期待してたっけ。どうして、パパはもっときっちり向きあわなかったんだろう。
 だいたい、ママはきちんとパパに、兄さんとの状態を伝えていたんだろうか。パパはなんにも、くわしくは知らされていなかったんじゃないの?

 新しい疑惑に揺れながら、ページをめくると、今度はボールペンで書かれていて、文字もそろっている。別な日に書いたらしい。これはすごく長い。

《今日は何が気に入らないのか、何に腹が立つのかよくよく考えてみた。
 第一に、あいつの言動不一致だ。気まぐれ論理、矛盾だらけ、と言ってもいい。友だちは大事よ、たまには友だちを招いたら、と言ってたくせに、実際に連れてきたら、もう少しましな友だちはいないの、だと。差別意識丸見えだ。何さま だと思ってるんだ。何を基準にしてるんだ。
 オレの友だちがそろいもそろって、家庭にいろいろ事情がある連中だからって、それがオレの長いつきあいに、関係するわけないだろが!
 翔太は別として、親が倒産して、アパートに引っ越した隆司。あいつにはバイトで稼いで手に入れた、250 CCのバイクだけが、ひっしで守った財産なんだ。
 親が離婚して、落ちこんでる康弘。大学はあきらめて、警察の公務員試験を受けることにした順平。みんな、何が起きるかわからない時代に、向かおうとしてるんだ。だいたい、何の問題もない家庭なんて、今どきあるものか。そんなやつがいたとしても、つきあいは別だ。おもしろくもないやつなんか、クソくらえだ。

 そんな時に、第二の不満は、押しつけ・介入・お節介の連続だ。親の時代の価値観で、進路まで口出しするな! 医者不足だから、医学部はどう、がんばりなさいよ、と言い続けるから、猛反発してやった。
(本音を言えば、オレは理系じゃないし、解剖とか、血ダクダクとか内臓とか、想像するだけでもぞっとする。それを口に出して言えるか? あいつに、そんな臆病だったの、などと侮辱の上塗りをされたくない!)
 やっとあきらめさせたと思ったら、次は経済学部はどう、銀行員になるといい、だと。金勘定でストレス抱えるのは、ごめんだね。それに今の時代、安定してるものなんて、あるわけないんだ。

 第三に、にせの幸せ家庭! 両親共にまあまあいい大学を出て、おやじは大企業に就職していて、衣食住は満ち足りて、一見幸せな家庭に見えるけど、実はほんとの話し合いも、笑い声のある団欒もない。それぞれがばらばらで、ただ時間とスケジュールに追われて、日が過ぎてしまう。
 こんなのが幸せか? オレはもっと違うものを目指したい。それが何かまだわからないけど。

 第四に、もしかして、これが根本的原因かもしれないが、子どもはどんな小さい子でも、子どもなりの、プライド・誇り・自負心を持っているものだ、ということに、まったく気づいていない! 気づいていないからこそ、平気で傷つけ、傷つけたとは夢にも思わない、鈍感人間でいられるのだ。

 まだほかにも、もやもやといくつもあるような気がするが、オレは何より自分自身に腹が立つ。これが第五だ。
 自分をコントロールできず、爆発してしまう自分が、つくづく情けない。気がついてみれば、バットを手に、ガラス戸棚をぶち破っていたとは! オレのしわざか? 自分でも信じられなかった。
 このままだと、オレはいずれ殺人を犯すかもしれない。新聞でよく見かけるやつ! 実の親をなぐり殺したやつ。
 あれはきっと、オレみたいに爆発して、わけわかんなくなって、気がついたら、恐ろしい結果を起こしてたのにちがいない。心が壊れちまってるやつは別としても、普通のつもりのオレにも、いつ起こるかしれない恐怖!
 オレは無意識にやってしまって、一生後悔を引きずるような人生は、断じて送りたくない! 人生は一度きり、はほんとだもんな!
 今意識しておくべきことは、自分の中に、不気味なマグマを抱えていることを、 よくよく認識しておくこと。自分ではコントロールできないマグマがひそんでいて、いつ爆発するか、自分でもわからないこと。それをどう克服するか、考えぬくことだ。
 あれだけのエネルギーを何かに使えたら、ぜったい何かができると思う。

 では、どうすればいいのか。今考えてみて一番いいと思えるのは、あいつと距離を置くこと。うちから離れて、頭を冷やして考えてみることだ。
 そして、弱い心をなんとかきたえなくては! こうなる一番の根っこは、自分の弱さなのだとわかっている。弱いから傷つきやすく、涙もろい。それを見破られまいとして、強がってあばれてしまう。
 オレがあばれるのを、裕香が戸口の陰から、おどおどと見ているのに、 何度も気づいてた。オレは本気で家を出よう。しばらく潔叔父の家に行こう。
 その方が、裕香のためにも、オレ自身のためにもいいと思う。おふくろに考えさせるためにも · · ·。おやじには、事後報告することにしよう。
 裕香は弱そうで、芯は強いやつだ。あのおふくろが、今度は裕香にあれこれ口出ししても、きっとマイペースで乗り切るだろう、きっと》

 そこでぷっつり切れていた。5ページにもわたっている。わたしの胸は、ずきずきとうずいていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?