イエテ◯ソラへ (22) ☆ パパ! ☆
パパだ! まだ起きてたんだ。真夜中の1時くらいのはずなのに · · ·。
「裕香、元気そうだね。1か月ぶりにメールをもらって、パパも嬉しいよ。
このところずっと、忙しかったけれど、その間、武春とひんぱんに、メー
ルをやりとりしていたものだから、裕香に送れなくてごめん。
武春は陶芸の仕事も魅力だが、それより、言葉を使って表現する仕事につきたい、例えば〈新聞記者〉など、と思うようになっているようだ。賛成して、応援することにしている。
そんなやりとりの中で、改めて思ったよ。メールは手紙と同じで、心を伝えることのできる、いい道具 (ツール) だとね。
裕香がひとりで考えた中身を、メールででも、教えて欲しいな。コペル君みたいに、いろんなことを、考えられる年になってるんだね。パパに見せたいものって、なんだろう。楽しみにしているよ。
ママががんばってくれてるはずだから、裕香も心配をかけないよう、助けてあげてね。強気そうにみえて、ママはあれで寂しがり屋なんだよ。ママにも、メールでたくさん声をかけるといい。パパより」
パパはおにいちゃんとメールしてたんだ! 言葉を使う仕事をしたいって? おにいちゃんにぜったい向いてる!
そうか、メールは心を伝えるツールなんだ。ママには連絡や用事など、必要最低限のことしか、書かないでいた。面と向かって言えないことや、言いにくいことは、メールで送ればいいんだ! それなら、できそうな気がする。そうしよう、きめた!
難問がひとつ解けたみたいで、気持ちがずっと軽くなった。それで三つのメールを、開けてみることにした。まず麻美のから · · ·。
「ユカ、難しすぎて、この暗号ぜーんぜん、わかんないよう!
もっとヒント おくれ! それより、ユカ、からだの方、だいじょうぶ?
あんまりムリしないでよ! マミ」
あの暗号は、まだ解けてないんだ。それならまだすぐには、見つからないよね。つぎはママのメールだ。
「裕香、どうして書き置きくらいしないの。連絡を寄こさないの。
こんなに 心配してるのに、どうしてわからないの?
今どこにいるのか、すぐお返事ください! ママより」
ひとつ目は思った通りの、ママらしい文面だった。
「裕香、お願い、神経がどうにかなりそう。
何を思って、こういうことになる のか、教えて!
只ただ無事を、祈っています」
ふたつ目には、ママの悲痛な叫びが聞こえるようで、わたしは急いでケイタイを閉じた。
でもすぐに、今だ、今、宣言しておかないと、またずるずるくり返すだけかも、と思い立って、また開けた。
「ママへ。わたしが言いたくて、言えなかったこと、
いっぱいあります!
成績より友だちの方が大事! 麻美たちと、なかよし4人組に戻りたい!
部活は、マンガ研に入りたい! 絵の塾に戻りたい!
勉強はわたしのペースで、楽しく‥」
そこまで書いた時、ふいに、ピンポンパンポン! と、大きなチャイムの音が聞こえて、わたしは跳び上がった。そのはずみに、メールは途中のまま、送信に触れてしまった。あわててケイタイは、パンツのポケットに戻して、聞こえて来た声に耳を傾けた。
チャイムは、市全体に張りめぐらされている、防災無線の放送だった。ゆっくりした言葉で、しかも大きく聞こえてきた。
一語一語言うたびに、こだまが後追いをして、くり返すので聞き取りにくい。
「市民の、みなさまに、ご協力を、お願い、いたします。
3日前から、中学、一年生の、女の、お子さんが、
行方不明に、なっています · · ·
お心あたりの方は、お近くの、交番か、市役所まで、
お知らせ、ください。
特徴は · · ·、小柄で、やせていて、黒い、大きな、
スポーツバッグを、持っています。
服装は、青い、ショートパンツに、うす黄色か、
青か、白の、Tシャツを、着ています · · ·」
放送は三度、おなじ言葉をくり返した。
あれっ! わたしは自分のうす黄色のTシャツと、青のパンツにあわてた。コンクリの床に広げてあるのも、青と白のTシャツに、青の替えパンツだ。
わたしのことだ!
ママは警察か、市役所に届けたんだ!
しかも、持ち出したものの色まで、はっきりわかってる!
動転して思わず、半立ちしたら、ラーメンのカップを、ひっくり返してしまった。中のメンが縁側から落ちて、ドバッとコンクリの床に広がった。
でもわたしは、それどころじゃなかった。
どうしよう! どうすればいい?
今まで、自分ひとりの、自分中心の世界で、ドキドキもあったけど、楽しんでもいられたのに、一気に〈テレビの世界〉が、わっと入りこんできた気がして、ふるえた。
あの画面に映る、よってたかって、質問攻めにあう姿が、くっきりと見える気がした。こんなはずじゃなかった!
★ 麻美 ★
おじさんの話が終わった時、3人で思わず吐息をついた。ユカのママはママなりに、重い過去を背負ってたんだ。
この話で、わかったような、わからないようなフクザツな気分。おじさんの言った〈天運〉と〈自力運〉のこと。
何かひとこと、反発したかったけど、言い出せなかった。
「その話、ユカのパパは知ってるかな」とあたし。
「姉の性格からして、言うはずないなあ」とおじさん。
そうだよね。ユカの家出のことも、言ってないかも。
その時だ。ピンポンパンポン! と、市役所の、お知らせのチャイムが、鳴りだした。最初は、聞き取りにくかった。窓は閉まってるし、BGMは鳴ってるし、車の音も聞こえて。
「あれは! ユカのことじゃないっ?」
クミの声に、武春さんが顔を上げた。あたしたちも、耳をすました。
たしかにそう、青いショートパンツは、ユカだもん。
クミがこんなことを言った。
「お姉ちゃんが市役所に勤めてるけど、あの放送は、お年寄りとか障害者の子が、行方不明になった時に、流すんだって · · ·」
「そこをムリにお願いしたんだよ。ユカは遠出はしそうもないし、市内で見た人だっているかも」
と、あたし。望みが少し出てきたみたい。
その時、武春さんがあたしたちに、これどう思う? と、紙切れを見せた。いくつも書きちらした末に、ひとつの言葉が並んでいた!
あ、ノートはあと1ページしかない!
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