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イエテ◯ソラへ (7)☆ 笑い・泣き ☆

 いつのまにか眠っていたらしい。目がさめたら、外は明るくなっていた。時計を見ると5時だ。こんな時間に目をさますなんて、初めてだった。
 スタンドを消し、外に出てみた。朝の空気はひんやりして気持ちがいい。たっぷり眠ったせいで、頭はすっきり。ユウレイなんかいるはずない! と、元気な気分が戻っていた。
 うすもやが、駅近くのデパート上空に、あわく広がり、町は早くも目ざめかけている。駅へ向かう足音が、タッタッタッとひびいて聞こえる。
 早朝の上り電車が到着し、遠目に窓の乗客の姿が見える。こんなに早い時刻から、町は動き出していたのだ。

 夕べママはどうしただろう。わたしの家出に気づいたかな · · ·。
 もし気づいたとしたら、荒れ狂って怒ったに決まってる。兄さんの時のように。そうでなくても、ドタキャンの若い花嫁さんのせいで、かんかんに怒っていたもの。台所で翌日の用意をしながら、がまんしきれないみたいに、ぽんぽんどなりまくってた。
「自分の行動くらい、自分で責任もつべきよ。27歳なら、りっぱな大人じゃないの。どれだけの人に迷惑をかけてるか、ぜんぜんわかってない! ひとりのわがままで、何十人、何百人の人が、心配やつらい思いをして、きりきり舞いさせられたんだから。
 遠くから、飛行機で列席された方もあったのよ。その方たちに、なんとおわびしたらいいの。ドタキャンするくらい迷ってた結婚なら、もっと前に心を決めて、ちゃんと対処すべきだったのよ。
 裕香、あなたもよく覚えててね。何をするにしても、自分で決めたことは、しまいまで責任をとること、いいわね」

 とばっちりは、わたしにまで飛んできて、わたしはひやっとした。3年後に私立高校を受験することに、しぶしぶうなずいてしまったわたしのことを、自分で 決めたのだから、と念を押されたようで、重い気分だった。
 食料をごっそり持ち出したのは、失敗だったかも · · ·。パパには、すぐには知らせないはず。ママなら、何もかも自分でケリをつけてからだ、きっと。でも、警察には届けるかも · · ·。
 頭の中に、濃い霧がもくもくとわきあがってくる。地上の現実の不安や気がかりは、簡単には消せないほど、重みがある。わたしは空へ向かって、せいいっぱ い大きく伸びをして、ふりきろうとした。今は考えない、考えないことにしよう。

 朝食をすませることにして、物置からまた食料を運んだ。家に入ったとたん、 臭いに気づいた。外の空気をかいだ後では、室内に広がり始めた臭いが、はっきりとわかる。ああ、未解決のあの問題が、まだあのままだ。これは先伸ばしにはできない難問だった。
 すっかり食欲をなくしてしまった。だって、食べればまたトイレを使うことになるもの。朝食はアメをしゃぶるだけにする。
 それにしても、ほんとにどうしたらいいだろう。ビニール袋に移してしまうか。
 でも、どうやって? 物置の道具を何か使ったとしても、そのあと、洗えない。わたしの手も洗えない。ビニール袋の捨て場所もない。空からばらまくわけにはいかないもの!
 ああ、いっそ死んでしまいたい! あのコンクリのへいによじのぼり、鉄柵をのりこえて、目をつぶって手を放せば、それで終り、とっても簡単よ。
 でも、でも、わたしが死んだ後に、やっぱりあれは残ったままなんだ。唯一の残し物として · · ·。わたしの唯一の存在のあかしとして · · ·。そんなのいやだ! い・ や・だ!

 しかめ面してたのに、ふっとくずれて、声を立てて笑ってしまった。なんだかおかしい。そんなことが原因で、死ぬなんて、ほんとおかしい。
 深刻なのに、いったん笑い始めると、止まらなくなって、涙が出るほど笑った。ほんとに涙がぽろぽろこぼれて、止まらなかった。泣きたいのもたしかだった。
 そうでなくても、ママがちらちら浮かんで、胸がちくちくしていた。にくらしいはずのママなのに、どうしてこんなに気になるんだろう。気がとがめてしまうんだろう。
 そうだ、この変てこななりゆきを、日記みたいに、そのまま絵日記に残してみよう。お話を考えるほどの気持ちのゆとりは、ぜんぜんないもの。


★ (麻美) ★
 ユカ、何かあった? なんかおかしい。今から学校へ行くけど、どうしても気になって、ちょこっと書いとくね。
 夕べおそく11時頃、ユカのママから電話があってさ。
 てっきりユカをマンションまで送って行った、お礼だと思ったもんだから、ユカは元気になりましたか、おぼれるなんて信じられない、とか先にべらべらしゃべっちまって · · ·。まずった、って後悔してる。
 ママ、なんにも知らなかったみたい。ユカ、あんな大事件をママにだまってたんだね。どうなってんの?
 ママは仰天したみたい。それ、ほんとですか、ってだまりこんだの。
 だからつい、ユカは勉強しすぎて、疲れてるんです、睡眠不足とか、貧血とか、気をつけないと、ほんとあぶないですよって、この際いいチャンスだから、えんりょもなくぼんぼん言っちゃった。ユカの代わりにね。
 ご忠告ありがとう、だって。

 それで電話は切れたんだけど、その後になって、ママが電話してきたのはなんで、って気になってしまった。後のまつりよ。ほんと、何を聞きたかったんだろう。ユカに直接聞けないことかな?
 マンションの管理人さんにも、あたしのこと、見張ってるように頼んであって、おばさんのるすに、あたしがマンションに、遊びに行ってるとわかったら、うちの両親に抗議します、って言われてたんだ。それに、ユカにはぜったい言わないで、って口止めもされたしね。
 あのおばさんて、そういう気のまわし方がかんぺきで、あきれるの通りこして、感心しちゃうよ。ひどいって思うのに、口出しできなかった。
 よく言えば、母心のかたまり、かなあ。

 言っとくけど、あたしは、ずるいことはしたくないから! スポーツガールは、フェアプレーでなくちゃ!

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