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初めての恋人との子を流産した話①

恋人はいたことがなかった、22歳。
 
 中学生の頃、一度だけ両思いになったことがあった。私から好きになって、手紙で告白をして、手紙で返事を貰って。でも、それだけだった。
「ありがとう、おれも多分好きだと思う。友達のままでいいならそれでもいいし、付き合いたいとかそういうのだったら、おれもいいよ。」そんな曖昧だけど真剣に考えてくれたであろう返事を、読んだ瞬間は嬉しかった。確かに嬉しかったはずなのに、一瞬の後、突然相手のことを気持ち悪いと感じた。初めての感情で、何かの間違いかと思った。しかし翌日、直接相手の姿を見ても気持ち悪さは募るだけだった。目を見ることができなくなっていた。付き合うとか、別れるとか、そういう段階の話にすらならなかった。卒業までその後一切、彼とは会話をしなかった。彼も何も言ってこなかった。そもそもきっと彼も、私のことなどさほど好きではなかったのだと思う。告白されたから、なんとなく考えて嫌いではないから返事をした、くらいのものだろう。
今ではそれがいわゆる「蛙化現象」というものだと認識できる。ただ当時はまだその言葉も浸透しておらず、自分に何が起きたのか説明できなかった。彼を自分勝手に振り回した罪悪感と自己嫌悪から逃げられなかった。
 
その件があって以降、あまり異性とは話さなくなった。「蛙化現象」というものだと知らなかった私は、それは自分が軽度の男性恐怖症だからなのだと納得させていた。進学先も女子高を選んだ。女子高での日々は楽しく、恋愛など無関係な生活だった。「彼氏」「デート」、そんな言葉に憧れは強くあったが、また同じことを繰り返してしまうのが怖かった。そもそも、出会いもなかったし、周りをみても恋人がいないなんて当たり前の日常だった。恋愛などなくても、毎日が楽しかったらそれでよかった。
 
そのまま大学も女子大にすすんだところで、憧れのままにしておくのはもったいないと思い立ち、インカレの競技ダンスサークルへ入った。その頃には中学生のときに起きたのが「蛙化現象」だったのだと知った。すっかり男性への苦手意識が根付いていたものの、サークルを通じて普通に異性と接することは出来ていた。出会いのある生活、とはいえ簡単に恋愛に発展するほど恋愛体質でもないことに気づかされる。
競技ダンスというのは、社交ダンスをそのままスポーツ化したようなものだ。男女ペアになって技術を競い合う。しかし、大学生の競技人口をみると圧倒的に女子の方が多い。ペア競技なのだから、当然女子があぶれてしまう。1年生のうちはローテーションでペアを回していくが、2年生以降は固定ペアになる。ダンスの上手い華のある女子が選ばれ、選ばれなかった者は「シャドー」と呼ばれる。
シャドーボクシングの「シャドー」、ペアダンスを一人で練習するハメになる陰の存在。私は華になれなかった。誰にも選ばれず、隅の鏡の前で空気と踊り、大会があればドレスとメイクで綺麗に着飾った華を応援する、地味で道化のような陰を1年半ほど続けた。成績を残す人が言う「努力は必ず報われる」なんて信じてはいけない。たくさん時間とお金をかけて、夢と希望を持ち続けても、努力なんてちっとも報われなかった。恋愛どころの話ではなかった。バカらしくなってサークルは辞めた。
意外とそれはトラウマになった。誰にも選ばれない、華がない、ダンスもうまくない、顔も、スタイルもよくない、頑張っても見てもらえない。自己肯定感などもともと高くもなかったのに、だからこそ蛙化現象なんてものに陥ったのだろうに、一ミリの自信すら残っていなかった。サークルを辞めた頃には就活が始まったが、その傷がまだ生々しく残ったままだった。大学時代に話せるほど頑張ったことなんてダンスしかない、だけど、それも成功体験じゃない。面接でそんな経験を話すたびに悔しくて、悲しくて、何度も泣いた。でも、その甲斐あってか無くてか、ブライダル業界に絞っていた就活は第一志望にあっさり受かって無事終わった。中学生の頃から憧れていたブライダル業界。ドレスが好きという気持ちだけで決めたドレスコーディネーターという職。
 
 
2020年4月
 中学生の頃から夢見ていたブライダル業界。めでたくドレスコーディネーターとして就職するも初出勤から数日、緊急事態宣言の発令で1ヶ月の休業、出勤休止となった。大学の卒業式もなく、郵送されてきた卒業証明書と卒業アルバムだけでは、どことなく学生と社会人の境目は曖昧で、休業の間は焦りが募った。
 休業中には出された基礎知識の課題を真面目にこなしたが、そんなことで接客技術が磨かれるはずも、社会人としての自覚が芽生えるはずもなかった。
 
2020年 7月
 初期の想定とは裏腹に、休業は3ヶ月間まで伸びた。基本的には在宅課題、たまにオンラインで講習を受ける日々。暇を持て余しながら「結婚」を身近に感じる中でふと思い立ち、マッチングアプリを始めた。
 恋愛への憧れだけで、結局ここまで「愛される」ことも「愛する」ことも経験できていなかった。そんな人間が永遠の愛を誓う結婚式に携わっても説得力はかけらもない。ちゃんと夢を叶えたいま、もう一度新しい将来の夢を描きなおしてそれに向けて舵をきりたいと思ったのだ。
 マッチングアプリを使うのに抵抗はあまりなかった。実際にお客様の中にも「出会いはアプリで」なんて方はいた。実際に始めてみると、「22歳の関東住みの普通の社会人の女」というだけで、予想以上の数のいいねがすぐについた。こんな人間に市場価値はないだろうなんて底をついていた自己肯定感は少しずつ回復した。とはいえ、メッセージのやりとりは続かないことがほとんどだった。お互いに沢山の人と一気にやりとりをするような希薄な関係なのだから、当たり前のことだと思う。ネットでの出会いに危機感は常に持っていたため、少しでも違和感を覚えたり、怪しさを感じる人はすぐにブロックしていた。
そんな中で自然とやりとりを楽しく続けられていたのは、メッセージ欄に最後まで残り続けたのは、彼だけだった。

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